2012年01月25日

虹色・・・

虹が見えました・・・凍てつくような噴水に日が当たって




希望の光に見えないでもない・・・  

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2012年01月21日

忘れない・・・

放射線に追われて、300年間も営々と続いて来た浪江町の親戚達・・・あれから既に10ヶ月以上になって、いわき市の狭いアパートに3世代総勢7名が暮しています。

やっと生活が落ち着いた?・・・いえいえ、とんでもない事、幼い子ならともかく、数十年も暮して来た生活や守って来た家屋敷が根こそぎ無くなっての不自由な生活にたった10ヶ月で落ち着くとは思えないのですが、案の定で彼らの神経は、崩壊寸前まで来ているようです・・・

電話口から聞こえるのは、肉親同士の怨嗟の声声声・・・辛い思いで電話を置きます・・・

私たちに出来る事、ほとんど無いのが悔しい・・・せめて、彼らがそんな辛い思いでいる事を、そして彼らと同じ境遇に置かれた人々が無数に居る事を「忘れない!!」それしかないのかも知れないと思う今日この頃です・・・でも本当にどうしたら良いんだろう・・・
  

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2012年01月08日

し遂げた思い・・・

息子を育て上げて、一人前にした思い、長い間の自転車操業生活からの脱却を祈念して「自分と老妻へのささやかな褒美」として、私達としては、大きな買物をしました・・・レザーのコートとブレザー・・・

【お疲れ様でした僕、そして老妻!!!!・・・】





長い間、是非ともレザーのブレザーを着てみたいなんぞと、思っていました。30年前に思い切ってレザーのコートを買った事がありますが、裏地の毛皮が風化して、ボロボロになりかなり情けない思いをした事がありましたっけ・・・



息子たち夫婦にも、見繕って送りましたが果たして気に入ってくれたかどうでしょうかね・・・


ちょいとピンボケでしたね・・・face10


その後は、お昼、近くの「周 富輝」のお店で昼食・・・富輝さんがレジで無愛想に会計してましたっけ・・・  

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2012年01月03日

万歳!!!!・・・

息子が3歳位の時ですから、昭和天皇がご健在だった頃・・・25年前かなぁ・・・この一般参賀に息子を肩車して参加したのを覚えています。その息子夫婦が元旦まで来浜していましたが、もう仙台に着いて今頃は仕事をしているんでしょうね・・・今年は私も定年、現役最後の正月とてふと思い付いて一般参賀に行きました・・・

皇室ご一族のお出ましを待つ参賀客たち、去年あれ程痛めつけられても、尚この人人人・・・日本人て本当に強いなぁ・・・


皇族方がお出ましです・・・沸き起こる

万歳!!!



今尚 痛め付けられ、苦しんでいる人人人にご多幸があらんことを祈ります・・・  

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2011年12月10日

sビレッジにて・・・

ここは青葉台から、徒歩20分のsビレッジです。ここに私が赴任したのは約40年前・・・この通路の右側の一室での音楽教室の講師でした・・・



40年前当時は、出来立ての、都会的なお洒落なマンションの一角でした・・・田舎の中に突然発生したような、白一色の、住んでいる人も超セレブなのではないかと思われるような素敵な空間でした・・・

ふと、懐かしく行ってみましたら、もう、昔日の面影すらありませんでした・・・この通りの左側にあった「とんかつ屋」へ私の両親と一緒に外食したのも懐かしく思えました・・・


この音楽教室に通っていた生徒達・・・もう40年も前の事ですからきっと50歳代に近くなっているのでしょうね・・・生徒達の顔がこの場に立って見ますと色々と思い出されます・・・


生徒たちにとりまして、私は良い事をしたのでしょうか?それとも?・・・  

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2011年11月27日

贅沢な、何とリッチな一日・・・

毎年今の時期に開かれる「教会コンサート」・・・楽しみにしています。このコンサート、雪谷のキリスト教会で無料で行われるもので今年で28回目になります。キリスト教会で開かれる無料のコンサートと言いますと、素人に毛の生えたような芸人の登場が想像されますが、このコンサートに出演する人は、皆さんプロ中のプロばかり、14時から16時までたった2時間でしたが、もうもう、堪能の贅沢な時間を過ごしました・・・

来年の退職後は何をしようか?なんぞと思い迷う事があほらしくなるほどの感激でした・・・そう、25年前のように、音楽でもう一度身を立ててみようかなんて大それた事も思いましたが、逆に今の仕事を突き詰めようなどとも思いました・・・


さすがに演奏している人を撮影することは憚られましたので、その舞台だけを・・・ソプラノやテノールの独唱や重唱・・・バイオリンやビオラ、コントラバスの合奏などなど、贅沢でリッチでもう何も言えませんでした。チャリティーも兼ねていますし、特に今年は被災地の系列キリスト教保育園の支援も含んでいるとの事・・・献金袋には、張り込みましたよ・・・  

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2011年11月12日

本当に美味しいお蕎麦・・・

たまプラーザに美味しいお蕎麦屋見っけ・・・その名も「風来僑(ふうらいきょう)」、今まで食べた中で一番だと思います・・・香りの高い新蕎麦でもう何もいう事ありません・・・

せいろ蕎麦大盛りで頼みました。天麩羅は頼まないともちろん付きませんが、私はつけ汁が油っぽくなるので天麩羅を避けていましたが、老妻の頼んだ天麩羅(それも珍しい牡蠣の天麩羅)の扱いを見ますと、小さく盛った塩で頂くようになっていました。天麩羅は塩で食べるのが一番と聞いていましたが、納得・・・次からは天麩羅も頼もうっと・・・


そして、食後のお約束の蕎麦湯は、蕎麦湯ように作ったと思われるとろーりとした蕎麦風味たっぷりの、それを飲んだだけで、蕎麦の命を頂けるような気になりました・・・とにかくも、もう一度と言うか、何度も行きたいお蕎麦屋である事は確かです・・・
  

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2011年10月30日

一命観て来ました・・・

事前のストーリーから察しますに、何だかとても怖そう、痛そう・・・それでもあの瑛太君が頑張っている「一命」を観に行きました。瑛太君て、私の息子と雰囲気がそっくりなので昔から眼が離せませんでしたっけ・・・「ウオーターボーイズ」あたりからも・・・本当に良い俳優になってきましたね・・・

観た感想は、主家が潰され路頭に迷う浪人の絶望・・・しかし、その絶望に挫けず、極貧の生活を武士の矜持を忘れずに暮す彼らの生活・・・「武士も人間、生きて、春を待っている」・・・

そんな当たり前の事が、出来なかった浪人の取った狂言切腹、それも、たった3両の息子の医療費を得るためのものだった事・・・狂言切腹に至るまでの浪人の苦しみなど意に介す人間が一人も居なかった「井伊家」・・・落ちぶれた浪人をさらに痛めつけるサディスティックな武士達・・・本当に救いの無い絶望的な思いをしました・・・

武士として生きる為の「矜持」と現実の苦しみ(浪人となり、刀も書物も売り払い、妻子の病すら救えない)から、狂言切腹を演じなければならなかった一人の武士に、誰一人として哀れだとは思わなかったものか!・・・と、義父(市川海老蔵)は井伊の武士達に問いますが・・・瑛太君が、竹光で腹を斬り、サディスティックな介錯武士に早く首を落として欲しいと2回振り向く様・・・これはもう観ていて本当に我が腹が痛い程辛かったですね~!!



  

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2011年10月25日

ウエストポーチ探し・・・

私の大きな通勤カバンには、文庫本と手帳、デジタルカメラと財布が入っているだけです・・・それで、ウエストポーチが欲しいと御徒町のアメ横を半日放浪しました結果・・・

喧騒のアメ横通りから一本入った路地に、こんなカバン店があり、目星を着けておいてから、あちこちのカバン店(アメ横って、結構カバン店があるんです)を回りましたが、サイズとかデザインとか、イマイチ好みのものがありませんし、目星を着けたカバン店のウエストポーチがひたすら私を呼んでいるように思えまして、これに決めました・・・


どうですか?ちょっと派手かなーと思いましたが、黒とか茶とかだったり、やたらに大きかったりで「帯に短し たすきに長し」のウエストポーチが目に付くなかとても気に入りました・・・  

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2011年10月21日

ギックリ!!・・・

今年2月頃から、パワーアンクルを着けて歩いています・・・
私が定期的に患う「ギックリ腰」・・・この、痛さ、辛さから脱却しようと、片足2Kg・・・両足で4kgでスタスタと歩いています。色々とパワーアンクルについて調べて見ましたら片足2Kgは膝を痛めるリスクも大きいと知りました。しかし、ギックリの最中には、足一本持ち上げる事さえ出来ない事、さらにギックリ腰は、背筋&腹筋のアンバランスから起きる、腰の捻挫症状と知った事から、敢えてリスクを侵しています。

10月17日、職場周りを掃除していて、ちょこっと腰を屈めましたら「ギク!!」・・・やっちまった!!また一週間寝たきりか!と思いました・・・でも、パワーアンクルの筋トレのお陰でしょうか?発症が軽かったのか因果関係は分からないものの、結果一週間も寝たきりにはならず、翌日には、ギックリ腰発症5日目位の程度でおさまりましたよ・・・  

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2011年10月14日

不思議な場所発見!!・・・

ここは、中村橋商店街のすぐ近くです・・・国道16号線に沿った場所ですが、何時も気にかかっていました。明治時代早期に横浜山手付近で盛んに見られた「ブラフ積み」が、この中村町?いや、睦町でしょうか?にあるんです。今日、通りかかりましたら、その「ブラフ積み」の上の家が何と、無くなっていました・・・

そして、無くなった家の跡には、まさしく、明治時代の煉瓦の壁があるではありませんか!!・・・


これが、その煉瓦塀です・・・まるで、幕末から明治時代にかけて横浜の外国人居留地に建てられた建物の一部のように私には思えました・・・  

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2011年10月02日

旅行総括・・・

今年の夏休みは、勤め人最後の夏休みとて、何か有意義に過ごせたら良いと思い、「思い残す事がない」をコンセプトにして旅立って来ました・・・まず、原発の放射能から逃れて、流転していた我が親戚・・・いわき市にやっと落ち着きましたもののここが終の棲家になるのかどうか、怒りと諦めの境地で生活しているのかどうかも分かりませんが、その親戚を見舞って来ました。

確実に悲しみが癒えているとは全く思いませんが、それでも逞しく、苦難と向き合っている姿を見て、自分も今ここでヘタってなど居られないなぁと思いました・・・

そして、次は台風15号に追われる様に宮城の息子夫婦の住処へ行きました・・・結婚して3年になろうかと思いますが、一度も行った事がありません。息子達にも気苦労をかけてしまいましたが、娘は手作りの「マンゴーチーズケーキ」で歓待してくれました・・・それだけでも満足満足・・・

息子は私に似て美男子、お嫁さんも絶世の美女なんで是非とも公表したいのは山々なんですけれど、彼らも社会の一線で活躍している訳ですし、ちょっとアイマスクを被って貰いました・・・私と老妻と4人でお寿司を食べに行きましたけれど、このお寿司の美味しかった事・・・ネタや握り方が絶妙だった事よりも、何年か振りに息子夫婦と逢った味付けの方が勝っていたのでしょう・・・しばらくは、デパ地下の寿司とは言えど食べる気が起きない程、美味しかった!!・・・

翌日は一日中松島を楽しもうと思ったのですが、台風が通過し、元々地盤が震災の影響で弱くなり、仙台を基点にする鉄道全てストップ・・・バスでも松島に行く手立てはないと聞き、仕方がないので仙台市内のデパートや専門店を網羅しました・・・仙台って随分田舎と言う先入観で来て見ましたらびっくり、私の住む町や首都圏のブランド店など全てあるんですね・・・東京横浜にあって仙台にないものを探す方がむしろ難しかったりして・・・
さて、次の日になってやっと鉄道開通・・・松島を楽しみましたし、塩竈の悲惨な状態から復興しつつある姿を目にしました。いやー、今回の旅は台風と言うアクシデントはあったものの、被災民の人々を見舞う事、息子夫婦の生活を観る事、被災地の頑張りを目にする事・・・目的の全てが叶いました・・・後は私自身が退職までの一年間、どのように頑張るか、退職後、まだまだ続くでありましょう被災地の苦難にどのように関わっていけるでしょうか・・・それを模索する上で本当に有意義な旅行をしたと、思いました・・・


画像最後の絵は、我が息子が幼少の頃描いた、秋の絵です・・・栗は良いのですが、イガは栗かな?雲丹かな?  

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2011年09月24日

塩竈や・・・

塩竈・・・今度の震災で大被害をこうむった地ですが、私が行った時には、そこ、ここに被害の物凄さを残す残骸は残っていますものの、復活のエネルギーを感じられました・・・

海浜公園のようですが、敷石は捲れ揚がり、柵は壊れて大変な有様です・・・


多分、この辺りに建っていたお店だと思いますが、流されたり壊れたりして、使い物にならなくなったんでしょうね。お店が仮設されていました・・・


もしかしたら、この辺にお店が建っていたのかも知れませんが・・・


塩竈駅近くの商店ですが、一体何のお店だったのでしょうか?・・・一見それ程の被害が無いようにも見えますが・・・


中はこんな状態です・・・何のお店だったのか分かりません。半年前にはこの中は想像出来ないほどすごい事になっていたのでしょうね・・・興味本位ではなく、被災地を訪れましたが、被災地を身近に感じることが出来たような気がしました・・・


ここ一週間で、原発の放射能から追われている親戚を見舞ったり、酷い津波の町を見たり、力強く立ち上がっている松島の観光施設を観たりして、何も力添えは出来ないけれど、何が出来るかを考える事が出来たように思います・・・忘れられるのが一番辛いとある被災者が言っていましたが、私はおそらく忘れられないでしょう・・・特に原発事故で家にも故郷にも帰れない人が身近に居ますので・・・  

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2011年09月24日

松島や・・・

現役最後の夏休み、松島へ行って来ました・・・ところが松島で一日遊ぶ積りだった22日は私達を追いかけてきたような台風の影響で仙台からの交通機関が全て運休・・・何度も何度もJR乗り場へ確かめに行きました・・・

何度行っても、この通り無情の張り紙・・・しまいには、その異常な程の臆病さに腹が立って来ましたが、今はほとんど形跡は見られませんけれど、そういえばここも大震災の被災地だったんだと思い直しました・・・


そして、翌23日見事に晴れて仙石線も松島海岸まで通り行って来ました松島・・・ここもかなりの津波が襲ったはずですが、一見した限りあまり分からないのですが・・・


ここは、海岸の遊歩道ですが、これを見ると、身の毛がよだつ程、壊れてもちろん通行禁止になっていましたよ・・・


仙台へ着いた際、利用したタクシーの運転手さんが、松島へ行ったら、遊覧船に乗って、被災地支援をしてやって下さいと言われたので、早速、遊覧船で・・・


かもめが付いて来るのは、遊覧船の観光客のお菓子などを狙っているんですね・・・餌付け禁止という訳でもないですが、私には餌をやる気がないのを見抜いてか、すぐに居なくなりました・・・


それにしても、天気も良いし、生まれて初めての松島・・・昨日の計画変更を余儀なくされた悔しさも味付けで素晴らしい観光でした・・・そして、壊滅的被害の塩釜に着きました。  

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2011年09月10日

衝撃的な・・・

A新聞に載ったこの一枚の写真・・・幾世橋(きよはし)小学校の校庭を走り抜ける、野生化した牛たちの疾走・・・
きっと、この報道写真は皆さんも目にされた事と思いますが、浪江町に3月11日まで在住していた人にはもちろん、浪江町を知る人にとりまして、こんな衝撃的な写真はないのでしょう。3月11日までこの校庭では子ども達の声が響いていたのでしょうけれど、今は、雑草が人の背丈ほどもはびこり・・・牛舎に押し込めて餓死させるより放つ事にした牛たちが疾走する光景、牛にとっては幸せなのか不幸せなのか・・・私達夫婦の兄弟姉妹親族一行が浪江に住めなくなった今、夢が無くなった浪江の事についてはあまり語らないで居ましたが、この一枚の報道写真だけは、切り取って持っています・・・それだけ、原発事故で無人となった町々を象徴する衝撃的な写真でした・・・  

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2011年09月10日

岩松?イワヒバ?・・・

上野原サービスエリアで、ふと、地産の売り場に目をやりますと、このイワヒバ(岩松として売っていましたが)が・・・スマートフォンを失敗して以来、衝動買いは避けて来た私ですが、このイワヒバは完全に衝動買いしてしまいました・・・

このイワヒバには、結局辛い想い出なのだろうと思いますが、ふたつあります・・・小学生の頃、両親とキャンプに行きました。場所はここ上野原近くのキャンプ場・・・今は相模湖の底になってしまっていますが、そのキャンプ場で小さなイワヒバを見つけて、家に持ち帰り(もちろん違法行為です・・・ゴメンナサイ)庭の池の辺に植えたら、成長の遅いこのイワヒバ・・・20年程で何と20センチ位の大きな株に育ちましたが、その家も何もかも無くなった時、一緒に無くなりました・・・

もうひとつ、老妻の実家の庭には、このイワヒバがビックリするほど沢山植わっていました・・・我が家のたった一本のイワヒバを見慣れた私には、地味な植物なんですが、本当に豪勢に思いましたよ・・・その浪江町のイワヒバ、今でも豪勢に存在するのでしょうけれど、何しろ放射能で一歩も入れない場所になってしまいました・・・イワヒバって私にとりましては、あまり縁起の良い方角の植物では無いのかも知れませんが、悪運でも良運でも、手に入れたい衝動が働いたのは何か縁や意味があるんでしょうね・・・  

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2011年09月10日

これぞ、お蕎麦・・・

諏訪湖湖畔の「八州・・・やしま」と言うお店に信州蕎麦を食べに行きました・・・しかしながら残念!定休日と重なってしまい断念、急ぎホテルのフロントでこの辺りの美味しい蕎麦屋さんを聞いて、「そば蔵」と言うお店に辿り着きました・・・高級蕎麦屋といった気取りもてらいもなく、それ程高い訳でもなく、蕎麦の香り高いものを食べさせて呉れました・・・

天麩羅せいろそばです・・・私の前は、鴨のつけ蕎麦を頼んだ職員さんのもの、これも中々美味しそうでしたけれどね・・・職員さんや利用者さん10人でワイワイと食べたり、一軒目が定休日でテクテクとここまで歩いた空腹も良い味付けなのか、久し振りに美味しいお蕎麦を食べた実感でした・・・icon12


そして、これは、蕎麦団子です・・・どんなものかなーと食べて見ました。蕎麦掻(そばがき)をお団子にして、味噌タレを塗った何とも素晴らしい味わい深い小品でした・・・  

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2011年08月28日

64年も良く生きたもんだ・・・

64歳なんて生まれて初めての経験です・・・良く生きたもんだと、感心感心!!東北では3月11日にまだ生きたくても死ななざるを得なかった2万人以上の命・・・各地の紛争で生きたくても死ななざるを得なかった沢山の命があるのにね・・・感心ついでに私へのご褒美、韓国料理を食べました・・・

前菜です。日本風に言えば「つき出し」かな・・・右からモヤシのナムル?キュウリのコチュジャン和え?豆腐のピーナッツとごま油風味の一品、「クゴヌン ムオシムニカ?」これは何ですか?・・・


これは、海鮮チヂミです・・・チヂミって、ここ、たまプラーザに「サラン房」が登場した頃、初めて食べて病みつきになりました。


そして、石焼ピビンパ・・・石の器が焼けてジリジリと言っている内に、手早くかき混ぜますと、丁度チャーハンのようになります。石焼ではないピビンパもありますが、自分で作る石焼の方が私は好きですね・・・


〆はサムゲタン(参鶏湯)です・・・高麗人参の独特の香りと、トロトロに煮込まれた鶏が絶妙です・・・元気がないときには、欠かせない一品です・・・

64歳のジジイのくせに良く食うなって?・・・確かに一人でこれ全部平らげたら、ダメージの方が大きいですが、老妻と半ぶんこすれば丁度良くなりますって・・・


・・・などと、韓国料理をワイワイ楽しんでいる留守中に息子夫婦から、着やすそうなハッシュパピーのシャツが届きました・・・暑がりでLLな私にぴったりの風通しの良いものです・・・いやー嬉しいな!!


来年は65歳、定年です・・・微々たる年金で財産も全くない人生が始まります。老後は何をしたら良いのか、原発の放射能に追われている人々の役に立ちたいものの、その頃は動く事、生きている事が出来るのか、今日から来年までの一年間、しっかりと腹をくくって考えないと、万が一にも息子夫婦に迷惑をかけないと言う私の信条が壊れてしまいますからね・・・  

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2011年08月23日

ある梨生産者の無念・・・

福島県大熊町のK果樹園から、便りが届きました・・・大熊町は福島第一原発のすぐ近く、このK果樹園の美味しい梨、特に「豊水」は抜群に美味しくて、毎年、妹夫婦に頼んで、この時期送って貰っていますし、3年前には、今はアメリカに住む友人に送り喜ばれましたっけ・・・

このK果樹園は右のように、転々と着の身着のままで避難して今は須賀川市で過ごしているようです。7月の一時帰郷で、名簿を手に入れて、私へもこのような一報を入れてくれたようです・・・今年もまたあの見事な豊水を食べたくて、連絡しようにも、義妹、義姉、妻一族が全て、原発に追われる中、手段もありませんでした・・・


K果樹園Kさんの無念が伝わって来る残暑お見舞いでした・・・

K果樹園から送られる梨には、トトロのようなイメージの、可愛いどんぐりが同封されていました・・・

また、あのどんぐりを見ることができるよう、希望を捨てないで下さいと書き足しましたが、今朝の新聞には、最低10年間は立ち入る事が出来ないなどと暗いニュースが載っていましたっけ・・・  

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2011年08月16日

靖国神社・・・

8月15日終戦の日・・・毎年の事で靖国神社へ行って来ました。別に私は右翼でも左翼でもありませんし、そのどちらを批判非難する気もありません。あの独特の、ムンムンとして雑多雑多な熱気が癖になるんですね・・・

九段下駅からだんだんと神社に近づくにつれて熱気が襲ってくるような期待感がありました・・・遠くに見えるのは、大村益次郎の銅像ですが、戦争の頃、沢山の兵隊がこの銅像を目指したんでしょうね・・・


一番奥の拝殿です。ここはもう参拝する人が沢山並んでいて、鎌倉八幡宮の初詣客のように警官が、規制をしていました。さすがに私は並んでまで参拝する気持ちはありませんでしたので、横からちょっと写させて貰いました・・・
今年もいましたいました、旧日本兵の格好で参拝する人、人様の趣味にとやかく言う気はありませんが、何時見ても不思議な光景です・・・黒い服の人は、何と日露戦争の頃の軍服ですが、戊辰戦争以来の戦死者が奉られているそうですから、不思議でも何でもないのです。もっと不思議なのは、私の伯父は太平洋戦争で戦死したので奉られているそうですが、戊辰戦争で反政府軍として戦死した祖先は奉られていないそうですが、それももうどうでも良いことなんですけれどね・・・

ところで、この記事は、職場の利用者さんの為にインターネット導入して自由に使えるようにしましたが、その使い勝手を、環境提供する身として、試して見ようと、ファイヤーフォックスのポータブルから使用履歴が残らないように投稿しちゃいました・・・遊びじゃないぞー・・・何て言い訳けしてますが、いいわけないかface09  

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