2012年05月19日

渋谷ヒカリエから神保町へぢい散歩・・・

今日は仕事も休み、教習所も予約が取れませんでしたので、渋谷の「ヒカリエ」へ行って見ました・・・噂ではものすごい、何かが出来たとか、お台場まで直通で行けるとか聞いて駆けつけて見ました・・・若者の街渋谷なので、所詮、若者受けのするショッピングモールを想像していましたが・・・想像通りでした・・・




若者でごった返していました・・・だからと言ってそれに抵抗しても仕方がないので再び半蔵門線に揺られて神保町の古本屋街で古本探しをしました・・・

やっぱり年寄りには此方の方が100倍も安心します・・・もう少し足を伸ばして秋葉原などと思いましたが、古本探しに街を2周もしてしまい、思いの他時間をロスしましたので止めました・・・
万引きしようと思えば、店の人の目もなく、簡単に出来そうなほど、本屋の裏の路地まで古本が並んでいて、呆れるばかりですが、古本探しをする人に万引きしてまで読むと言う意識はないのだろうと思います・・・「本は買って読め、家は借りて住め」と良く言われますが、私もタダでしかも不正に手に入れた本など読みたいとも思いませんしね・・・そんな心理を本屋さんはとっくに見抜いているんでしょうけれど・・・


神保町の駅は、もうホームから古本街のイメージが始まっています・・・学生の頃はお金がないので、音楽書専門の古賀書店に通いました。あの頃と全然変わっていない懐かしい街散策でした・・・肝心の本は、今探している2冊の本、砂浜からダイヤの一粒を探すようなもので、残念ながらみつかりませんでした・・・  

Posted by shin344 at 17:31Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年05月11日

紫蘭(しらん)・・・

「鉢植えの紫蘭の花・・・朝の雨に打たれ~息絶え絶えに~・・・」その紫蘭が今年も咲きました・・・



昔昔・・・私の父にこの花、何の花と聞きましたら一言「知らん」・・・父は農業大学出身者・・・ふーん、父でも知らない植物があるんだーって思いました・・・  

Posted by shin344 at 21:01Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年05月05日

絵で見る幕末日本・・・

1863年(文久3年)に日瑞(スイス)修好通商条約を締結するためにエメェ・アンベールが、ジェイムス・ファーブル・ブラントやカスパー・ブレンワルドらの一行6人が来日し、やがて開港間もない横浜で条約締結活動をします。しかし、及び腰の幕府は彼らの要求を数ヶ月先延ばししますが、アンベール達はその期間、じっくりと当時の日本を観察し情報を集めていました・・・

通商使節団の団長であるエメェ・アンベールは鋭敏な観察力や才能豊かな筆致で当時の日本見聞録を残し今こうして日本語訳を目に出来る事は本当に幸せです・・・上記ジェームス・ファーブル・ブラントのことは、私自身のHPに特集しましたものの、HPを立ち上げられたことに満足してしまい一昨年の暮れから、一歩の進化もありませんface10

当時、外国人は一定の範囲内しか通行が出来なかったこともあり、今考えて見ると、ちょっと変だなって思う箇所もありますが、逆にあの時代に良くこれだけの観察をしたものだと感心してしまいます・・・

今、横浜開港資料館でこの時同行した、シーベル・へグナー社の創始者、カスパー・ブレンワルドの日記も翻訳されつつありますので、これも完訳が待たれます・・・

ジェームス・ファーブル・ブラントの日記もあったそうですが、関東大震災で失われたそうです・・・それが残っていたら、このエメェ・アンベールの見聞録やカスパー・ブレンワルドの日記のように、生き生きとこの頃の混乱の幕末日本を饒舌に語ってくれたでしょうと残念です。

興味のない人には、それが?どうしたの?・・・ってな本かも知れませんが、ファーブル・ブラントが日本でどのように行動したかなども、うかがい知ることが出来て・・・熟読2回目に入ります・・・  
タグ :

Posted by shin344 at 17:47Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年05月03日

今年のハナミズキ・・・

去年の今頃もこのハナミズキしっかり咲いていたはずですが、私の関心は全く別のところにあったようで、去年のハナミズキをこんな風にじっくり鑑賞した記憶がありません。原発からの放射性物質のお陰で、あまりきれいに咲かなかったのかと思ってしまいました・・・

その関心事とはもちろん、原発に追われて逃げ惑っていた義兄夫婦と老母、幼い子ども達、総勢20人を越える親戚の行く末でした。去年の今頃は彼らが、一体何時浪江の故郷に帰る事ができるのか、これから当分は帰る事が不可能なのか全く先の読めない焦燥感ばかりでした・・・

そんな訳で、もしかしたら今年に負けない位見事に咲いたはずのハナミズキの記憶が全然ないのです・・・
そう言えば去年の桜も花見をした記憶がありません・・・sakura_01


私の住む町たまプラーザ、ハナミズキ通りです・・・春はこの花、秋は赤い実が目を楽しませていますが、避難している人たちの故郷は彼らが帰るのを拒み続けています・・・  

Posted by shin344 at 10:08Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年04月28日

やっぱり!!・・・

自動車免許を取得したいと思いつつ、入校したのは良いですが、このまんまだと、第一段階すらダメダメ・・・学科は何とかなりそうなんですが、実技がまだまだ・・・窓口でこのままだと料金追加がありますよって言われて納得しました・・・


つまりは、おそろしくヘボいのです・・・第一段階の12時間でもとても卒業出来ないって宣告を受けたことと同じです・・・

若い人と肩を並べて頑張るなんて事自体間違えだったようにも思えますがまだまだ負けませんて・・・しかししっかりと心が折れまして、もう止めようなんて気持ちもちょっと湧いて来たのは事実です・・・face10

伊勢佐木モールの鯉のぼりです・・・息子が生まれた後、まあ色々な事情で父と縁切りをしましたけれど縁切りをされても孫だけは可愛かったのでしょうか、私の住むマンションのベランダに小さな鯉のぼりが置いてありました・・・・もちろん今は亡き父の仕業でした・・・face10      

Posted by shin344 at 20:22Comments(2)TrackBack(0)日記

2012年04月26日

春の足音・・・

春がもうそこまで近づいているような暖かい日やら、何やら肌寒い日が繰り返される今日この頃・・・って何か手紙の冒頭のようですね・・・三寒四温とはまさに今頃の陽気の事、毎年この時期になりますと、また私の大嫌いなあの鬱陶しいジメジメした季節になるのだなぁと憂鬱にさえなるのですが、今年は・・・これこれ、この歳で運転免許取りに夢中しています・・・そんな感傷にふけっている暇はなさそう・・・icon16

学生時代でさえ、これほど勉強した記憶が無いんじゃないかと思うほど良くお勉強をしています。

前に書いた通りで、全く車に乗るなんて、ましてや、自分で自動車を転がすなんて発想がなかった私が、運転席に座っているんですよ・・・

横に座っている教習員に、呆れられ叱られながらも冷や汗を流して必死にハンドルを握るジイサンの姿を想像して見て下さい・・・今日なんか、暑くも無いのに汗を流して運転しているのを見て教習の先生が、「暑いですか?」ってクーラーを着けて下さいました。「冷や汗です!!」と言うのも剣呑なので、お礼を言いましたがちょっと、屈辱的・・・でもでも、結構はまって頑張ってますが、道程(みちのり)は遠いなぁ・・・face10


仕事に一切支障を来たさないよう、今日は宿直明けで教習を受けました・・・宿直明けと言いますとやはり疲れます。普段なら電車に程よく揺られて熟睡してしまうほどだるいのですが、これから車を運転するんだと思いますと目はパッチリ、神経も究極まで張り詰めます・・・


ぐったりとして我が家に戻りますと、我が家のマンションの前に、タンポポが咲き揃っていました・・・一列のコンクリートの隙間から全く良い根性をしていますが、でもこれって、単に手入れが行き届いていないって事ですよね・・・今の内は綺麗なので手入れしないで眺めていよおっと・・・原発に追われていわき市辺りに固まっている人たちもこんな風に逞しく生きて欲しいんですけれどね・・・


上の方の小さく写った自動車学校の車、良く見えないかも知れませんが、実は私が64年生きた中で、生まれて初めてエンジンをかけて、動かした記念の38号車です・・・icon17  

Posted by shin344 at 16:36Comments(4)TrackBack(0)日記

2012年04月21日

梅の実・・・

一昨年購入した梅の鉢植えですが、実が生るなんて全く予想だにしませんでした・・・本当にびっくりしました・・・face08


可愛いでしょう?・・・

ところで今日は、我が老妻が所属する女声合唱団のコンクールでしたので、県立音楽堂まで、どれどれと聴きに行きました・・・老妻はCブロックでしたが、まぁ、良かったんじゃないの・・・

指揮者がいなくてピアノ伴奏で指揮者を兼ねていますが、私の気持ちとしては、指揮者はやはり、曲の細かな心の表現に必要なのだと思えました・・・今はピアノ伴奏者が指揮者を兼ねられる程、素晴らしい伴奏者ですけれど、この伴奏者がいなくなったら、どうなるんでしょうね・・・


それでもさすがにコンクール・・・フェスティバルとはえらい実力の差がありますね・・・落ち込み気味の私の心に素敵な音楽が突き刺さりました・・・face05  

Posted by shin344 at 20:06Comments(2)TrackBack(0)日記

2012年04月20日

年々歳々花同じからず・・・

人また同じからず・・・これは、福島県冨岡町の桜並木です。毎年10万人位の人々がこの桜を愛でましたが、今年はこの寂しさです。原発被害により、立ち入り禁止区域になってしまいましたが、桜はそんな事には関わりなく今年も満開を迎えました・・・

NHKの画像をお借りしました・・・この桜並木の下を毎年花見を楽しむ人人人だったはずですのにねぇ・・・

原発から避難中の義姉・・・身体の具合が悪いそう・・・一体何時になったら、桜の花の下を笑顔で通り抜ける事ができるのか・・・

そんな人々のことも忘れたか、明日はわが身を知らないのか、またまた原発を推進しようとしているこの国のリーダーは一体何を考えているのか・・・こんな寂しい咲き方の桜は、ここ福島県浜通り方面だけで充分かと・・・  

Posted by shin344 at 19:47Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年04月12日

自動車運転免許Ⅲ・・・

標識の勉強をしました。最初に教科書を広げて思いましたのは、何でこんなに沢山の標識があるの?・・・ってこと。原付自転車を乗り回したり、父親のナビをしたことなどで、少しは自信があったのですが、これほど沢山の標識を理解しなくてはならないなんて・・・

でもね、逆に考えますと、これら標識を理解して、他の車や歩行者や自分が安心して、公道を走れる為には、これを覚えなくてはきっとダメなんだと思いますよ・・・当然の事私はまだ、模擬自動車にも乗ってませんから、今後、自動車学校構内、そして公道に出るとなりますと、ものすごく不安でもありますが、きっと、その不安を打ち消す為には、標識、標示を守ることで解消されるのだろうななんて勝手に考えています・・・

しかししかし、道路標識や標示って、こんなに沢山あったのですね・・・ほとんど歩行者だけの私に取りまして、こんなに沢山あったんだーーって思います・・・ああ!!先が思いやられますが、まともな精神状態で免許を取れればいいなぁと思う昨今です・・・face09  

Posted by shin344 at 19:55Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年04月10日

自動車運転免許Ⅱ・・・

前回は64歳になるまで、社会人なら普通は持っているはずの自動車免許をどうして持たなかったのかをお話ししました。今回は、あれほど運転アレルギーとも言えるように嫌だった免許を取ろうと思い立った訳をお話しします。きっかけは3・11の大震災・・・あの震災の災害救済に職場として参加しよう、老骨に鞭打ってでもなんとかしたいと思いましたが、運転免許がないとものの役にも立たないと一笑にふされた事でした・・・

確かにその後、被災地を視察したりして、自動車で人を運ぶとか、被災者の仮設住宅を廻るとか、やっぱり免許は必要なんですね・・・私の親戚一同がいまだに故郷へ帰れずにいる事はお話ししましたが、彼らの役に少しは運転免許を持っていれば立てるのかなぁとつくづく思いました・・・

それともうひとつ、結婚41年の老妻が、私の運転する車に是非乗ってみたいらしいです。まぁ、それは小さい理由ですけれど・・・face06     4月9日たまプラーザの桜は満開です・・・   

Posted by shin344 at 11:38Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年04月08日

自動車運転免許・・・

当然持っている人の方が多いようですが、私は未だに持ちたいとも思いませんでした。負け惜しみのように聞こえるかも知れませんが、敢えて何故か?お話ししてみます・・・1、幼い頃、父は私を助手席に乗せて、ドライブがてら、地図を見させてナビをさせられました。頭が悪く、即座に右左の区別がつかない私に父は苛立ち不機嫌になり、楽しいはずのドライブが何一つ嫌な思い出ばかり…2、子どもの頃、永井さんと言うご夫婦と男の子2人、家族ぐるみのお付き合いをしていた家族4人が、車の事故で一瞬にして亡くなってしまい、子ども心にも車に対するものすごい恐怖心を抱きましたっけ…3、電車やバスが縦横に走る都会の中で、何も無理して車の運転などしなくても…ずっとそんな調子で自転車感覚で原付を乗り回す程度で64歳まで過ごしてしまいました…

ところが、この歳になって、再就職と言う段になりまして、色々と資源を探していますと、「要普通免許」って当たり前なんですよね…いよいよ、私も車の免許を取らないとならないのかなぁと暗然としましたが、猪突猛進の私はすぐに自動車学校に行って色々と聞いて来ましたよ…最低32~33万円はかかるんですって・・・やっと、息子の学資から始まった借金生活を終えて、一息入れる事が出来た貧乏老人にこれは痛い!
痛いけれど、また借金をしてと言うと元の木阿弥ですよね・・・

それでも、自動車学校で色々と説明受ける内に、思いましたのは、父親や永井さん一家の呪縛も今や引きずってはいない事が、少し分かりましたよ・・・何故って、何となく自分が運転席に座っている姿を想像して笑ってしまったからでした。それにしても、免許証を返納してもおかしくない間もなく65歳の私が自動車免許なんて取って、いいんですかね?・・・  

Posted by shin344 at 16:17Comments(2)TrackBack(0)日記

2012年04月04日

桜咲く・・・

年年歳々花同じからず・・・と言いますが、今年も染井吉野が咲き始めました。昨日の春の嵐に呼び覚まされたように、晴天の今日、本当に見事に・・・


桜咲くこの時期、新入生、会社新人、または、第二第三の人生を歩み出した皆さん、これからも、緊張にうち震えつつも、頑張って下さい・・・

私も、今年65歳、第三か第四の人生、そして「玄冬」を迎えます。来年の桜を観ることが出来ればいいなぁ・・・とは思いますが、何が待っているかは、神のみぞ知るなんでしょうか・・・  

Posted by shin344 at 19:35Comments(2)TrackBack(0)日記

2012年03月31日

伯母から元気貰いました・・・

多分96歳の伯母を訪ねて、やっと借金生活が終えられた事の報告とお礼をしました。伯母はこの頃、ほとんど寝るだけの一日を送っているというメールを貰ったので、本来借金の終わった年末年始に訪問したかったのですが、万が一にもインフルエンザウイルスを持参する事がないようにと今日になってしまいました・・・

伯母は寝たきりなんて事はなくて、寝るほうが楽なので無理して起きていない事にしたという・・・自然の変化に逆らうことなく生きて居る事にしているようでした・・・

私の次の仕事も、「あなたの歳位から、本当の意味で福祉の仕事が出来るのではないかしら」・・・うーん!!深い!!・・・この歳ではもう仕事が無いなんて半分は思っていましたし、こうなったら、コンビニ店員でも清掃でも何が何でもってヤケクソ(食事中の方はゴメン)にもなっていましたので、少し元気になって来ました・・・借金をやっと整理できたのも伯母の助けがあっての事ですが、「あなた達は、マイナスから立ち直ったのね」の一言・・・

貯金も何もない、老後はどうするの?って今現在の私にとって、もう何も言えない私でした・・・

枝豆豆腐です・・・今、私がはまっています・・・  

Posted by shin344 at 19:56Comments(1)TrackBack(0)日記

2012年03月24日

ただいま求職中・・・

今年で私も65歳…所属する法人規定で8月に定年退職します…その後は、退職金と年金で悠々自適の生活?…ってそんな訳けないでしょう!!!face09

この画像は、James Favre-Brandt氏の子孫から頂いた、在住のサンフランシスコの夕日です…綺麗ですね…


先ほどの話の続きですが、退職にあたって、次の仕事にチャレンジしています。でも、特別な資格もない私に出来る仕事なんて、そうそうありませんよ。当たり前の話しです…今は社会福祉施設の運営管理をしていますが、そういう仕事はもう真っ平御免icon09当事者と直接渡り合うような仕事…一支援員時代にはそれが結構楽しかったのですが…まぁ、運営管理なんて下から突き上げられ上から押付けられで、本当につまらないって思いながら、ん十年…やっと開放されるのを機会に、当事者のグループホームの支援とか、生活支援とかできるといいなぁなんて考えています…

どなたか私にそんな仕事を下さい、何て言いつつ、社会福祉協議会の人材登録したり、ネットで調べたり自助努力もしっかりしていますよ…  

Posted by shin344 at 17:46Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年03月24日

3月11日・・・

忌まわしいあの日から、一年が過ぎてしまいました。老妻の実家がある浪江町の一族郎党が散り散りになってしまい、3百年も守り続けた実家も荒廃し、もしも帰ることが出来たとしても、全て建て直さない限り住めない状態になってしまいました。それにしても、全てを失い着の身着のままで避難生活をしている人々の心の強さには感服しますが、何時壊れてしまうか、本当に心配です…

これは、以前の再掲ですが、グーグルアースから見る浪江町の老妻の実家です。2011年3月17日の様子ですが一年経った今はもっと深い緑か、もっと荒れ果てた感じになっているのでしょうか…またはこの衛星写真からは分からない変化があるのかも知れませんが、一時帰宅の実家の人々に様子を聞くしかありません・・・

何時また、この豊かな地に彼らが戻れるのか、何ともひどい話しですね…祈るしか私には出来ないのがもどかしい…
  

Posted by shin344 at 17:21Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年03月09日

現れた年金・・・

今日は年金事務所に行って、年金の試算をお願いしました・・・3年前にもこの年金調べをして貰いましたが、丁度、年金の記録が消えたと大騒ぎだった事と重なって、年金事務所は、大入満員で一時間半待ちでたった10分位の説明でしかも、早口で納得する間もなく「あっface08!」と言う間に終わってしまいましたっけ・・・納得しない事に納得しない私は、近所の社会保険士事務所へアクセスしてみましたが、一回の相談で何と3万円もかかるって聞いて、それだけ払うならもっと有効なお金の使い方もあろうかと止めました・・・

今日もきっとその段で、適当に扱われないように納得するまで喰い付こうと覚悟を決めて来た訳ですが、私の他に2~3人の人が居るだけ、到着するやいなや受付で、「ご用件は?」と聞かれ渡された申し込みの用紙に名前を書き込む時間すらなく、「6番窓口へどうぞ」とその対応の早い事・・・


結果、自分では記憶にありませんが、23歳の頃、一年間「ぷー太郎」をしていましたけれど、そんな時にも何故か、国民年金に入っていたのですね(その頃はまだ国民皆年金の時代ではなかったし)・・・年金事務所も知らん振りをすれば、絶対に当の本人が忘れているので、消えてしまっても不思議ではないのですが、消えた年金記録で散々叩かれた事務所の体質が少し変わったのかなー・・・


ちゃらんぽらんに生きて来たと思っていたこの私・・・けっこう生真面目に生活していたんだなぁーと思います。そんな私にご褒美と、現れた年金への感謝をこめて、帰りに、あざみ野のスパゲッティ屋で、ミートソースを食べました・・・息子が居なくなってから、スパゲッティなどとんと食べなくなりました・・・ホント久し振りで美味しかった・・・  

Posted by shin344 at 17:07Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年03月03日

k果樹園・・・

前に掲載しました「K果樹園」・・・3.11の震災前までは、福島県大熊町で美味しい梨を作り続けた果樹園ですが、今は立ち入り禁止区域になってしまい、結局福島県須賀川市に避難したままです・・・私の親戚一同同様の難民生活を強いられているんですね・・・

このK果樹園に梨を注文すると、箱の中に、このドングリで出来たトトロのようなものが同封されていました。本来ならば、このKさん、梨園の手入れに忙しい毎日のはずなんですが、「有閑」の一文字、何だか悲しいやら、複雑な気持ちが伝わって来ます・・・


ちなみに、浪江町の老妻の実家は最後の一時帰宅が終わったそうです・・・もう帰れないって事、お墓は倒れたまま、庭は野生化した牛の糞だらけ、瓦の落ちた屋根からの漏水でたとえ帰れたとしても、住める状態ではないそうです・・・姉の憔悴し切った声・・・  

Posted by shin344 at 10:29Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年02月13日

浅草にて・・・スカイツリー孝

大江戸古地図散歩を読みながら、東京の現代の地図を眺めて楽しんでいる内に、突然浅草へ行きたくなりました・・・ここ浅草へは何度か来ていますが古地図と比べながら散策すると、何とも味わいが違って来ます・・・




浅草寺観音堂から、スカイツリーを望みます・・・新旧の対比がとても面白く感じました・・・






そのスカイツリーの絶景がここ、花川戸の言問橋あたりです・・・スカイツリーは間もなく開業するようで、高所恐怖症の私にとりましても、早く天空から東京を一望してみたい魅力にとりつかれて居ります・・・ただ、後一年や二年は予約で一杯なんでしょうけれど・・・








観音様、私がスカイツリーに登るまで、お迎えをご遠慮させて下さいませ・・・tako_01  

Posted by shin344 at 14:29Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年02月06日

鈴が森・・・

美しい響きの地名ですが、小塚原と並び称される有名な「処刑場」跡です。ここで明治4年までで10万人とも20万人とも言われる人々が処刑されたと言われています・・・大江戸古地図散歩という本で場所を探しましても記載がない・・・これはてっきりこの忌まわしい「鈴が森」という地名が地図から消されたのか?と思いましたが、インターネットで調べて見ましたら単に、古地図散歩のコースから外れて居ただけの事でした・・・そして、思い立ったらの伝で、休みの今日雨のそぼ降る中行って来ました・・・






これは、火あぶり石・・・真ん中の穴に鉄の棒を挿して、そこに罪人を縛り火炙りにしたそうです・・・罪人の筆舌に尽くしがたい苦痛の脂と悲鳴が染み込んでいるんでしょう・・・




これは、磔(はりつけ)石です。この四角い穴に磔の柱を挿したそうです・・・やはりこの石も罪人の血と悲鳴が染み込んでいるように思えます・・・南無阿弥陀仏!!・・・残酷な石ではありますが、日本の刑罰史を検証する上では大切なものなのでしょうね・・・

これは「首洗いの井戸」です・・・説明の必要はありませんね・・・ところで興味深かったのは、この鈴が森処刑場が東海道の江戸への入り口にあることです。江戸に流れ込む犯罪者、または犯罪者予備軍の人が、この処刑場を見て犯罪を思い留まる効果が少しでもあったのでしょうか?・・・小塚原処刑場が千住にあり、やはり北からの江戸に入る街道沿いにあることを思い併せますと、ますますそう思います・・・


寒い氷雨の中、背筋が凍るような処刑場など好きこのんで見に行くなんて神経が、自分でも変だと思いますけれど、10万も20万もの罪人が命を落としたこの場所から何かこれから生きて行く啓示でも得られたら良いなと思いました・・・で、啓示はあったの?・・・あったようなないような・・・icon11  

Posted by shin344 at 17:39Comments(0)TrackBack(0)日記

2012年02月05日

1弗コンサート・・・

1ドルでこれだけの素晴らしいオルガンコンサートが聴けるなんて何て素晴らしい・・・

みなとみらい大ホールでのパイプオルガンコンサート・・・1ドルでは申し訳がないほどの素晴らしいものでした・・・

私が子どもの頃は1ドル350円位の固定相場で、アメリカから来た人が皆、超裕福に見えましたけれど、今は、70円から80円位をうろうろしている変動相場ですから、1ドルのコンサートと言いましても、100円の利益もない・・・私は楽しめましたけれど、運営的には随分苦しいのではないのでしょうかね・・・icon19  

Posted by shin344 at 19:55Comments(3)TrackBack(0)日記