2008年12月29日

母からの贈り物・・

送り主が、大嫌いな義兄の名前でしたから、玄関に放り出して置きましたが、開けて見ますと、同居している義母からでした。もう、その辺にあるものを手当たり次第に詰めてくれるのが母の遣り方です・・・それがまたたまらなく、心に染みます・・・・





何時の日か私もこんな心の篭った荷物を息子夫婦に送りたいなー、と思います。仏壇に奉納されたものとか、あらいざらいが入っていました。実はこの上にお餅が我が家では充分過ぎる位入ってました・・・ありがたいことです・・・face10  


Posted by shin344 at 20:04Comments(4)日記

2008年12月28日

お墓参り・・・

年末、我が家の年中行事のお墓参りです・・・

菩提寺は東京馬込「万福寺」です。この万福寺は池波正太郎の時代小説などにも度々登場する古刹です。

なにしろ、鎌倉幕府の武将「梶原景時」のお墓がある位ですけれど、つい一年ほど前まで、生臭坊主達のお家(お寺?)騒動があってやっと片がついたようです・・・

心を安定させる場所のお寺での生臭い騒動、本当に嫌ですから、お掃除料をお納めする時にもう大丈夫なんでしょうねと念押しをしてしまいました・・・



古刹らしく、無縁仏となった石仏も一箇所に納められています・・・


我が家のお墓は、大正年間にここ馬込に住み始めた祖父が建てましたが、私がもの心ついて最初に知った我が家のお墓は、この石が一つの簡単ないかにも物事に拘らない祖父らしいシンプルなものでした・・・これは幼くして亡くなった私の伯父2人のお墓なんです・・・

祖父は「俺が死んだらその辺に埋めて漬物石でも置いといてくれ」とか、「お墓など作っても誰もお参りに来てくれないのでは返って寂しいから建てない」などと言っていましたね。

でも、いざ、祖父が鬼籍に入って見ると、遺言通り、埋めて置く訳にも行かず、かといってこの小さいシンプルな墓石には名前すら記すことも出来ませんから結局・・・
祖父が亡くなったのを期に、墓名碑の刻み込める御影石の墓石を建てました・・・

この墓石を建てた父も母もこの下にいますし、私や妻も直ぐにこの下の住人になるのでしょうね。結婚間近で、そんな先の事は想像も出来ませんが、「散る桜 残る桜も散る桜」で息子も、娘になろうとしている息子の相手も、地上で一所懸命生きた後、いずれここの住人になるんでしょうねー・・・

などと、今回の墓参りはひとしおの思いでしたよ・・・


そうそう、両サイドの花台が壊れて3年目、その内に付け替えなくてはと思いつつ、100円ショップのゴミ入れを使っていますが、私は花を沢山持って行きますから、この100円ショップの花瓶の方が、我が家のお墓らしくて、良くなってしまいました・・・icon10  


Posted by shin344 at 17:10Comments(0)日記

2008年12月25日

昆布・・・

超古代日本人は、昆布(ケルプ)を追って北海道から樺太、そして地続きだったカナダ沿岸から北アメリカへ行ったと言う説(古代アメリカ原住民の骨のDNAの結果)がありますが、その真偽は別として、いかに日本人が昆布好きか今でも全然変わりませんよね・・・ところで・・・

先日、新しく親戚になった北海道のお宅より、こんな立派な昆布を頂きました。

夏に訪問した時、観光地のお土産屋の店先に並んでいた昆布を、珍しそうに見ていた私にその人は、「それは、本当の昆布を知らない観光客相手の悪質な商売です」と言い切っていましたが、これこそ、「北海道の北海道による北海道ならではの昆布」・・・

そんな、メッセージがこの立派な昆布から読み取ることが出来ました・・・大きめのりんごを並べて見ましたが、いかに立派な昆布かお分かり頂けたでしょうか・・・  


Posted by shin344 at 17:35Comments(2)日記

2008年12月25日

真景横濱今昔・・・生蕎麦五十文Ⅱ

先日の根岸橋を望む蕎麦屋は、よくよく古写真を見ていましたら、バックの地形にちょっと無理があるように思えましたので、今度は反対方向天神橋と根岸橋の中間地点から写して見ました・・・

ここなんですが(再掲)・・・


天神橋から、掘割川の根岸側川岸を少し根岸橋に向かったところです・・・橋までの距離的にちょっと無理があるのかも知れませんが、ここからの眺めが上の古写真に一番近いように思えました・・・  


Posted by shin344 at 11:45Comments(2)横浜今昔物語

2008年12月24日

クリスマスイブですが・・・

きっと、ケーキやローストチキンを囲んで団欒している家庭が多いのでしょうね・・・50年前、私は母に連れられて、キリスト教会に属していましたから、12月24日の夜は、寒い街頭で、賛美歌を唄う「クリスマスキャロル」が普通でした。たかだか10歳の私、こんなことしてる間にも普通の家庭のように、ケーキやローストチキンを頂いて団欒したいなぁーと切実に思ったものです・・・

その後、クリスマスキャロルは、キリスト教会の信者宅を回るんですが、何だか私には、獅子舞が正月の家庭を回るのと同じだなぁと思いました・・・良い経験をしましたが今は絶対にしたくないですね・・・私は当時マリンバ(木琴)が得意でしたから、伴奏をさせられましたよ・・・稚拙な絵ですが失礼します・・・face10

それでも今日はクリスマス・・・メリークリスマス!!最近は素直にいえますよ・・・  


Posted by shin344 at 20:16Comments(0)日記

2008年12月23日

北海道に行って来ましたⅡ・・・

雪の壁を掻き分けながら、歩くのかと思っていましたが、全くそのような事はなくて、こんな状態でしたよ・・・因みに、札幌では、地下街がものすごく、雪の地上に出なくても地下街に住み着いたらきっと、2~3ヶ月は生活できるのでは?と思うほど充実していました・・・icon04



白くレンズについているのは、粉雪です。こんな風に普通に降るんですね・・・サラサラとした、粉砂糖のような雪質でした・・・


街並みは、何だか、玩具箱を引っくり返したような楽しいものでした・・・屋根が四角くて、積もった雪を室内の熱で溶かす方式らしいので、余計に積み木を転がしたような印象でした・・・これは、相手のお宅から周囲の街並みを撮りました・・・何となくメルヘンを感じますけれど・・・雪はまだまだこれからと言います。  


Posted by shin344 at 21:29Comments(2)日記

2008年12月23日

北海道へ行って来ました・・・

息子の結納式で、冬真っ盛りの北海道へ乗り込みました・・・あの、雪祭りの行われる、豪雪地帯北海道、さぞや、すごい事になっているのかと、想像していました・・・スパイクの付いた靴ベルトも買ったし・・・icon04・・・しかし、実際にはそうでもなかったですね。北海道でも、今年も雪は意外に少なかったようです。昨日降った雪でやっと除雪車が出動したと言いますから・・・しかし、食べ物は美味しかったですよ。

まずこれは、千歳空港で頂いた、甘エビ天丼とお蕎麦のセット・・・甘エビって天丼では初めてですが、その美味しい事、お蕎麦も中々のもの、空気が冷たく締まると、蕎麦も美味しいのかなー・・・


そしてこれは、ホテルで晩酌をした時の「礼文島の昆布焼酎」・・・これがまた、すっきりとしたお味、スイスイと飲めました。「乙種」の焼酎なのに全然癖もないですし・・・

そして、横に置いてあるのは、甘エビの唐揚げですよ・・・北海道と言えば甘エビっしょう?・・・


これは、珍しい!・・・赤飯のように見えますが、甘納豆で炊いた「おこわ」だそうです・・・甘い豆ともち米のしょっぱさが絶妙だとの事です・・・先方の母親が一生懸命に用意してくれたお祝い料理だそうです・・・

ありがたいことです・・・


そして、これも珍しいお煮しめです・・・赤いのは北海道でも「鳴門(なると)」と言うそうですが、横浜で言う鳴門は、白地に赤い渦巻きですが、北海道のそれは、赤地に白い渦巻きなんですよ・・・そして、大きさも、北海道のものはかなり太いらしいです・・・

同じ日本の北海道と横浜、随分食習慣は違うようですね・・・


そして、再び千歳空港で、北海道最後の心残り「ラーメン」を頂きました。「ラーメン道場」とか言うテーマパークのようなところで「むらさき」と言うお店に入りました。美味しかったのは美味しかったのですが、何か夏に札幌で入った店にはかなわない、東京、横浜あたりでもこのレベルのラーメンはあるよなーって言うのが感想です。「むらさき」さんゴメンなさい・・・noodle_01



食べ物紀行のようになってしまいましたが、食べ物が美味しいと旅行はグンと楽しくなりますね・・・私はしっかりと酔っ払って、大いにお騒がせをして来ましたが、相手の家族も楽しんだと言ってくれましたから、まぁ、結納式はとりあえず成功かな・・・face02face04icon14icon10  


Posted by shin344 at 20:03Comments(0)日記

2008年12月19日

宝生寺・・・

朝夕にここ横浜市南区の「宝生寺(ほうしょうじ)」の横を通ります・・・出勤時間に余裕がある時は、ここでしっかりと楽しむんです。



平安時代に創建されたお寺で、土地の領主、「平子(たいらこ)」氏の菩提寺ともなり、その平子氏が、横濱村の土地をこの宝生寺に寄進した証文が、横浜と言う地名が歴史上初めて表れた由緒ある古刹です・・・


古刹であるにもかかわらず、全く飾らないし、全く自然のままですし(周囲の森林は江戸時代やそれ以前のままの原生林です)、本当に心休まるお寺です・・・




何時の時代に奉納されたのかは分かりませんが、このような仏様は沢山あります・・・


境内の銀杏の葉っぱも、別に掃き清めたりしないようですが、そんなのも良いですね・・・落ち葉は決して無駄な存在ではないのですから・・・


あちらに見える山門は、江戸時代に出来たようですけれど、別にそんな事はどうでも良い様な気がしますね・・・

八重咲きの真っ白な「山茶花」です。宝生寺の境内にありました・・・今日も一日、エグイ仕事の前、本当に心休まります。そして力にもなりますよ・・・icon09  


Posted by shin344 at 20:55Comments(2)日記

2008年12月19日

プリンタートラブル・・・

職場での、プリンターはむろんレザープリンターですが、カラートナー切れで購入となりますと、一色2万円から3万円、それならいっそ、大量に資料や年賀状を印刷する時は、インクジェットでと、C社のインクジェットプリンターを購入して、使っていました。業務で使うのでかなりの頻度で使用してはいましたが、最近、「インク吸収体が一杯になり・・・」と言う警告が出て、一切使えなくなりました。インク吸収体なる言葉すら初めてですし、もちろん、購入の際に、C社からはそんな説明などありませんから、C社のサービスセンターに連絡を入れました。そうしたら何と、インク吸収体の交換は素人では出来ませんから、C社に依頼して下さい・・・お値段は、9000円位で購入したプリンターに対して何と6000円以上かかるらしいです。つまりこれって、そのプリンターはもうダメだから、新しいのを買いなさいと言われているようなものですよね・・・

そんな理不尽な(C社の販促にケチをつける気もありませんが・・・何処も同じですから)、使い捨てを奨励するような事って、誠に納得が行きませんから、職員さんが、ネットで調べて来た同じ考えのチャレンジャーの記事を参考に、どんどんと分解して、遂にインク吸収体なるものに到達しましたよ・・・ニッパの先の黒っぽい場所が「トナーインク吸収体」です・・・ここまで分解した時の気持は、種々のバネやボルトを果たして元の場所に戻せるのか・・・face06icon10

真っ黒けの吸収体のインクは、始め私は油性だとばかり思っていましたが、インクのついた布を水で洗って見たところ簡単に落ちましたから、水性だと分かりましたよ。それで吸収体を、水洗いして、そして、こうやってカラカラに乾かして、更にドライヤーも使ってセンサーが一切反応しないようにしました。

問題の「吸収体」なる、不織布とただのスポンジで出来た「もの」・・・こんな「もの」、単価では10円もしないと思います・・・をセットして、元へ戻しました。さてさて、明日は、このプリンターをリセットして上手く使えると、良いのですけれどね・・・吸収体にこれ程インクが溜まるという事は、ヘッドもダメかも。そうしたら今度はヘッドの交換?・・・えっ?しつこい?・・・確かに!!




私の親戚がドイツで家具の「マイスター」になるべく勉強していますが、ドイツでも、古い家具を二世代三世代と使う事が少なくなって来たそうです。日本などは既に、しっかりと使い捨てで、企業の社員の生活が成り立っているんですが、それで果たして良いのかなぁーと思う出来事でした・・・  


Posted by shin344 at 20:19Comments(2)日記

2008年12月17日

ラーメンランチ・・・

今日は、「赤坂一点張」の醤油ラーメン(トッピングはチャーシュー)です・・・




このお店、味は良いのですが、店員がワサワサとして落着かなくて、つい足が遠のいていましたが、今日は平日という事と、昼時を少し外したためか、落着いて美味しく頂けました・・・  


Posted by shin344 at 19:27Comments(2)日記

2008年12月14日

ハローウィンとクリスマス・・・

ハローウィンではアメリカの子どもたちが仮装をして、家々を訪れて廻り、親が子どもの虫歯を心配する程あま~いお菓子を貰う習慣があるそうです。アメリカ在住の人から、そんな話しを聞きました。ハローウィンが過ぎると直ぐにクリスマス、そしてまたあま~いお菓子・・・アメリカの歯医者さんは大忙し、お母さんは大弱りなんでしょうね・・・アメリカのお菓子って半端ではない甘いものもありますから・・・

ハローウィンの飾りです。左側のカボチャには、既に決着がつきましたが、オバマさんとマケインさんが、並んでます・・・ハローウィンでどうしてカボチャなのかは詳しく知りませんが、楽しければ良いですよね・・・


こんな風に、庭を飾るそうです。怖いけれど、ユーモラス、これを飾る家族や子ども達のうきうきとした会話が聞こえて来るような気がします・・・


画像を送って下さった方に感謝です・・・ハッピーハロウィン!!


そして、もう直ぐクリスマス、私の職場でも、こんな暗いご時世を、パッと明るくしてしまおう何て、大それた気持はないのですが、小さな庭中をイルミネーションで飾りつけました。私の職場には、50代60歳代のむつくけきオッサンばかりですが、それでも、童心に帰って、楽しそうに飾りつけをしていましたよ・・・

飾りつけが終って点燈をした途端に、近所の子ども達がどっと、観に来てくれました。特にキティーちゃんとドラエモンが気に入ったようです。その内観光バスでも止まったらどうしましょう?




玄関内のツリーは、ぐんとトーンを抑えて、大人の雰囲気・・・どこが?・・・ハローウィン、クリスマス、お正月と子どもにとっては楽しいお祭りが続きますが、くれぐれも、虫歯にはご用心を・・・  


Posted by shin344 at 18:50Comments(1)日記

2008年12月10日

絵に描いたような・・・

振込め詐欺、オレオレ詐欺が横行していますが、何処でどう調べたのか知りませんが、我が家にも「督促状」なる、思いっ切り笑ってしまうような代物が届きました・・・

ご丁寧に、管理番号や、振込み用紙まで同封されていて、内容は私が使っている携帯会社ではない、何となく何処にでもありそうな携帯会社から有料情報番組サービス運営元組合員・・・何のこっちゃ?・・・から本件債務債権問題の円満解決をしたいと考え・・・以下アホらしいので割愛!・・・88,000円振り込めって・・・同じこの世に生を受けた人間なのに、こんなつまらない事に頭を使うなんて、もったいないですね・・・  


Posted by shin344 at 20:46Comments(2)日記

2008年12月07日

河井継之助とファブル・ブラントと長岡戦争と、シーズン2・・・

この「河井継之助とファブル・ブラントと長岡戦争と」は2年位前に一度終らせましたが、最後の〆として長岡に行き、長岡戦争(戊辰戦争中の長岡藩家老河井継之助による、善戦を言います)の取材をしてから、最終結としたかったのです。


しかし、今年8月頃、何と私の記事を読まれたファブル・ブラントの子孫の方から連絡を頂きまして、本当にびっくりすると同時に、違う側面から、河井継之助とファブル・ブラントを見直して見る機会を得ました。そして2年振りに、シーズン2と称して、再び、色々と探して見たいと思います・・・

シーズン2は「ファブル・ブラント」にスポットを当てたいと思います。このスイス人が、日本の文化に多大な影響を与えつつも、ほとんどその功績について語ることのなかった(語ることのない理由は今後の調べで恐らく想像は出来ますが・・・)

「ファブル・ブラント」の晩年の肖像です・・・

題して「ファブル・ブラント」という事で・・・  


Posted by shin344 at 18:58Comments(0)歴史

2008年12月06日

スノーアイスパッド・・・簡易滑り止め

12月中旬に冬真っ盛りの北海道に行きます・・・雪らしい雪はここ十数年経験したことの無い私が、雪祭りの行われる場所へ乗り込む訳ですから、それなりに緊張しています。



横浜の東急ハンズ、アウトドア用品売り場に、ありました。このスパイク面を靴の一番体重がかかる部分にマジックテープで取り付けるんだそうですよ・・・

子どもの頃の大雪の日、ゴム長靴に荒縄を巻いて歩いた事がありますけれど、あまりその原理と変わらないような・・・icon04  


Posted by shin344 at 18:16Comments(2)日記

2008年12月06日

真景横濱今昔・・・ゲーテ座

本町通りにあったゲーテ座がリパブリックホールとなった後、ここ山手254番に新しく建てられました。演劇、映画、音楽会などで、明治初期の演劇人にも大きな影響を与えたそうです・・・・

これは本町通り68番地に居留民の為の劇場兼集会場として明治3年(1870年)に完成した「ゲーテ座」です。四本の柱がぺディメント(三角形の妻壁)を支えています・・・


そしてこちらが、明治18年(1885年)に山手に新設された「ゲーテ座」です・・・向かって左側、公衆電話ボックス(なのかどうかは分かりませんが)様の円筒形の側が今の「港の見える丘公園」になります・・・そして右側のゲーテ座は現在の岩崎博物館とむほぼ一致します・・・


大体、谷戸坂上の同位置です・・・逆光で少し分かり辛くてスミマセン・・・向かって右側奥に岩崎博物館(岩崎学園の服飾博物館です・・・ゲーテ座の資料も展示中)がちょっと顔を出していますが、ちょっとアングルも、谷戸坂を下り過ぎました。。。icon10  


Posted by shin344 at 17:58Comments(0)横浜今昔物語

2008年12月04日

夢の跡・・・

私が毎日通っている横浜市営地下鉄「吉野町駅」から、国道16号線沿いに八幡橋方面に歩きますと、合計4本の、立派な花崗岩造りの門柱があります・・・



これは、南区睦町で見つけました。小さなスナックの横に寂しそうに一本、しかも、何故か、店の名前はこの通り削り取られています・・・

一番下にかろうじて「店」と言う字が見えます。この無残な削除の仕方から想像が広がりますが、店主が結構あくどいやり方で店を大きくしましたが、泣いた人も沢山居て、店が潰れた後、この店名もこうして削り取られてしまいました・・・


そのお隣り、2~3mのところにはこの通り、2本の門柱が健在、しかし、2本共、医院らしく真っ白にペイントされております。多分医院の表札の後ろには店名があるのか、それとも削られているのか、分かりません・・・


そしてもう一本は、ずっと磯子区八幡橋に近い、横浜市営バス滝頭車庫の近くにあります。ここは、ご覧のように「合資会社 清水清兵衛商店」としっかりと店名が残って居ります。この敷地には、ごく普通のお宅があるだけで商店があった事が分かるのはこの門柱が語るのみです・・・

この清水清兵衛さんはもしかしたら、頑張って会社を興して、周りの人たちにも愛されたのに、残念ながら潰れてしまったのかも知れません・・・

今はしっかりと稼いで、ビルでも建てたいなんて商店主の夢はあるのかも知れませんが、昔は、こんな花崗岩の門柱を建てたいもんだ、などと見たのかも知れませんね・・・
     


Posted by shin344 at 19:38Comments(0)DEEP横浜

2008年12月03日

せんべい・・・

煎餅(せんべい)なんて、何処のものでも同じなんて思っていましたら、その辺の、スナック菓子と一緒に並んでいるような煎餅と、きちんと作られたものとは、全然違うんですねー・・・face08





この埼玉県北本市での手作り煎餅、「むさし」は、本当に旨い、いい 仕事してますねー・・・good job!

煎餅でこれほどびっくりしたのは初めてです・・・・face08  


Posted by shin344 at 22:35Comments(0)日記

2008年12月03日

うな重、団子・・・

今日午前中に上のまぶたが下にくっつきそうな会議が埼玉でありました・・・12時に終ったので、埼玉県近郊に住む親友を呼び出して、一緒にうな重を食べて、良いお天気の中、大宮の氷川神社を散歩・・・参道でお茶タイムとものすごく充実した1日を送る事ができました。

これは、大宮で鰻、天婦羅と言えばここ!という「やまや」のうな重です。甘過ぎず辛過ぎず、本当にバランスのとれた美味しい、うな重でした・・・ついこの前、中国産の鰻が、スーパーで安値で売られていました。確か3串600円位で検査に検査を重ねたとの謡文句だったので飛びついたのですが、泥臭くって、舌がピリピリするし、ひどい目に遭いました・・・それの口直しの意味も含めてね・・・


氷川神社がある町なので「大宮」と言われる、その参道を通って、快晴の暖かい中、氷川神社にお参りして、白いお金ではなく、茶色のお金を5~6枚(それじゃ、ダメじゃん!)お賽銭にして祈り、名前は忘れましたがレトロなお団子屋さんで「いそべ団子」を頂きました・・・横のお茶は、梅茶でした。ちなみにこの茶店のメニューを見ていましたら、親子丼、玉子丼、などしっかりとした食事も出来るみたいです・・・


いやー!良い1日だったなー!親友も喜んでくれたようですし、と充実感たっぷりで帰ったのは良いのですが・・・

帰ると職場から、メールが入ってました。古い施設なのであちこちがぶっ壊れるのですけれど、治すのに法人本部にお伺いを立てる訳ですが、法人の責任者は、職員の自助(うーんと自助努力はしていますよ)努力を求めるだけなので、最終的には施設の責任者の私と法人の責任者とのせめぎ合いのようになっていますけれど、これがまたエグイ仕事・・・♪~やだねったら、やだね~(古いかな?)・・・氷川つながりで・・・face08
  


Posted by shin344 at 19:53Comments(2)日記

2008年12月01日

真景横濱今昔・・・生蕎麦大盛り五十文

ちょっと見え難いのですが、このお蕎麦屋さんには、生蕎麦大盛り五十文の看板が出ています・・・



堀割川の岸辺、根岸橋を望む辺りです・・・前方に見えるのが根岸橋。この後、根岸監獄(横浜刑務所)が戸部から移された後は、監獄(かんごく)橋とも呼ばれたそうですよ・・・

これは、今の根岸橋です・・・生蕎麦大盛り五十文のお蕎麦屋さんは、きっとこの道路(国道16号)の真ん中辺りにあったのでしょうか・・・

蕎麦大好き人間の私に取りましては、この大盛り生蕎麦を是非是非食べて見たかったですね・・・

まぁ、彼岸にはきっとあの蕎麦屋さんは、まだあるでしょうから、その時に頂きましょう・・・

アップした後から、この古写真を眺めていましたら、橋の端に大きな家らしきものが見えていますし、背景の地形から、もしかしたらこれ、天神橋方面から望んだ風景かも知れないと思い始めました・・・近くそこから写真を撮って、比べて見たいです・・・
  


Posted by shin344 at 21:06Comments(0)横浜今昔物語