2011年10月30日

一命観て来ました・・・

事前のストーリーから察しますに、何だかとても怖そう、痛そう・・・それでもあの瑛太君が頑張っている「一命」を観に行きました。瑛太君て、私の息子と雰囲気がそっくりなので昔から眼が離せませんでしたっけ・・・「ウオーターボーイズ」あたりからも・・・本当に良い俳優になってきましたね・・・

観た感想は、主家が潰され路頭に迷う浪人の絶望・・・しかし、その絶望に挫けず、極貧の生活を武士の矜持を忘れずに暮す彼らの生活・・・「武士も人間、生きて、春を待っている」・・・

そんな当たり前の事が、出来なかった浪人の取った狂言切腹、それも、たった3両の息子の医療費を得るためのものだった事・・・狂言切腹に至るまでの浪人の苦しみなど意に介す人間が一人も居なかった「井伊家」・・・落ちぶれた浪人をさらに痛めつけるサディスティックな武士達・・・本当に救いの無い絶望的な思いをしました・・・

武士として生きる為の「矜持」と現実の苦しみ(浪人となり、刀も書物も売り払い、妻子の病すら救えない)から、狂言切腹を演じなければならなかった一人の武士に、誰一人として哀れだとは思わなかったものか!・・・と、義父(市川海老蔵)は井伊の武士達に問いますが・・・瑛太君が、竹光で腹を斬り、サディスティックな介錯武士に早く首を落として欲しいと2回振り向く様・・・これはもう観ていて本当に我が腹が痛い程辛かったですね~!!



  


Posted by shin344 at 18:35Comments(0)日記

2011年10月25日

ウエストポーチ探し・・・

私の大きな通勤カバンには、文庫本と手帳、デジタルカメラと財布が入っているだけです・・・それで、ウエストポーチが欲しいと御徒町のアメ横を半日放浪しました結果・・・

喧騒のアメ横通りから一本入った路地に、こんなカバン店があり、目星を着けておいてから、あちこちのカバン店(アメ横って、結構カバン店があるんです)を回りましたが、サイズとかデザインとか、イマイチ好みのものがありませんし、目星を着けたカバン店のウエストポーチがひたすら私を呼んでいるように思えまして、これに決めました・・・


どうですか?ちょっと派手かなーと思いましたが、黒とか茶とかだったり、やたらに大きかったりで「帯に短し たすきに長し」のウエストポーチが目に付くなかとても気に入りました・・・  


Posted by shin344 at 17:12Comments(0)日記

2011年10月21日

ギックリ!!・・・

今年2月頃から、パワーアンクルを着けて歩いています・・・
私が定期的に患う「ギックリ腰」・・・この、痛さ、辛さから脱却しようと、片足2Kg・・・両足で4kgでスタスタと歩いています。色々とパワーアンクルについて調べて見ましたら片足2Kgは膝を痛めるリスクも大きいと知りました。しかし、ギックリの最中には、足一本持ち上げる事さえ出来ない事、さらにギックリ腰は、背筋&腹筋のアンバランスから起きる、腰の捻挫症状と知った事から、敢えてリスクを侵しています。

10月17日、職場周りを掃除していて、ちょこっと腰を屈めましたら「ギク!!」・・・やっちまった!!また一週間寝たきりか!と思いました・・・でも、パワーアンクルの筋トレのお陰でしょうか?発症が軽かったのか因果関係は分からないものの、結果一週間も寝たきりにはならず、翌日には、ギックリ腰発症5日目位の程度でおさまりましたよ・・・  


Posted by shin344 at 20:22Comments(0)日記

2011年10月14日

不思議な場所発見!!・・・

ここは、中村橋商店街のすぐ近くです・・・国道16号線に沿った場所ですが、何時も気にかかっていました。明治時代早期に横浜山手付近で盛んに見られた「ブラフ積み」が、この中村町?いや、睦町でしょうか?にあるんです。今日、通りかかりましたら、その「ブラフ積み」の上の家が何と、無くなっていました・・・

そして、無くなった家の跡には、まさしく、明治時代の煉瓦の壁があるではありませんか!!・・・


これが、その煉瓦塀です・・・まるで、幕末から明治時代にかけて横浜の外国人居留地に建てられた建物の一部のように私には思えました・・・  


Posted by shin344 at 20:31Comments(0)日記

2011年10月02日

旅行総括・・・

今年の夏休みは、勤め人最後の夏休みとて、何か有意義に過ごせたら良いと思い、「思い残す事がない」をコンセプトにして旅立って来ました・・・まず、原発の放射能から逃れて、流転していた我が親戚・・・いわき市にやっと落ち着きましたもののここが終の棲家になるのかどうか、怒りと諦めの境地で生活しているのかどうかも分かりませんが、その親戚を見舞って来ました。

確実に悲しみが癒えているとは全く思いませんが、それでも逞しく、苦難と向き合っている姿を見て、自分も今ここでヘタってなど居られないなぁと思いました・・・

そして、次は台風15号に追われる様に宮城の息子夫婦の住処へ行きました・・・結婚して3年になろうかと思いますが、一度も行った事がありません。息子達にも気苦労をかけてしまいましたが、娘は手作りの「マンゴーチーズケーキ」で歓待してくれました・・・それだけでも満足満足・・・

息子は私に似て美男子、お嫁さんも絶世の美女なんで是非とも公表したいのは山々なんですけれど、彼らも社会の一線で活躍している訳ですし、ちょっとアイマスクを被って貰いました・・・私と老妻と4人でお寿司を食べに行きましたけれど、このお寿司の美味しかった事・・・ネタや握り方が絶妙だった事よりも、何年か振りに息子夫婦と逢った味付けの方が勝っていたのでしょう・・・しばらくは、デパ地下の寿司とは言えど食べる気が起きない程、美味しかった!!・・・

翌日は一日中松島を楽しもうと思ったのですが、台風が通過し、元々地盤が震災の影響で弱くなり、仙台を基点にする鉄道全てストップ・・・バスでも松島に行く手立てはないと聞き、仕方がないので仙台市内のデパートや専門店を網羅しました・・・仙台って随分田舎と言う先入観で来て見ましたらびっくり、私の住む町や首都圏のブランド店など全てあるんですね・・・東京横浜にあって仙台にないものを探す方がむしろ難しかったりして・・・
さて、次の日になってやっと鉄道開通・・・松島を楽しみましたし、塩竈の悲惨な状態から復興しつつある姿を目にしました。いやー、今回の旅は台風と言うアクシデントはあったものの、被災民の人々を見舞う事、息子夫婦の生活を観る事、被災地の頑張りを目にする事・・・目的の全てが叶いました・・・後は私自身が退職までの一年間、どのように頑張るか、退職後、まだまだ続くでありましょう被災地の苦難にどのように関わっていけるでしょうか・・・それを模索する上で本当に有意義な旅行をしたと、思いました・・・


画像最後の絵は、我が息子が幼少の頃描いた、秋の絵です・・・栗は良いのですが、イガは栗かな?雲丹かな?  


Posted by shin344 at 17:27Comments(0)日記