2013年05月12日

SHISA MATSOUNO・・・

James Favre-Brandt(ジェームス)は、明治政府が成立し、文明開化時代へ入ると「美貌の日本夫人」とのみ称される「松野久(子)」と結婚しています。そして4男をもうけていますが、その松野久(子)なる夫人の写真は残っていないようです・・・

その松野久は今でも横浜外人墓地にジェームスと共に眠っております。碑銘によりますと、久(フランス語の読みでSHISA)は、僅か29歳か30歳でこの世を去った事が分かります。ジェームスの写真は今まで掲載したように残って居りますが、久の写真は、色々と探しましたが残って居りません・・・

わずかな手がかりはジェームスと久との次男フランソワの娘、貞子さんの写真ですが、フランソワとIsii(石井?)某と言う日本女性との娘ですから、あるいはIsii某さんに似ているのかも知れませんが・・・

それともうひとつの謎は、ジェームスと結婚したとは言え、久は旧姓のまま墓碑銘に記されているのは、何故なんでしょうか?そして、明治初年に「松野」と言う姓を許されていたとしましたら、久さんは、苗字帯刀を許された階層の人だったのでしょうか?・・・