2008年03月03日

東西桜餅対決!!・・・

対決と言いましても、別にどちらが、美味しいとかなど意味はありませんが、関西と関東で、同じ「桜餅」でもこれだけ認識の違いがあるって、面白いです。何だか小さい事に面白がっていますが、好奇心が先行しているオヤジのたわ言とお許し下さい・・・face03

東西桜餅対決!!・・・向かって右側が関西風桜餅「道明寺餅」です。大阪の藤井寺市道明寺で最初に作られたと蒸したもち米を乾燥させた「糒・・干し飯」の原形とも言える道明寺粉で作られたのでこういう名前がついているそうです。元々は桜の葉ではなくて「椿」の葉で挟んだようですね・・・

そして、左側が関東風桜餅「長命寺餅」です。遡ること290年前、八代将軍吉宗が隅田川に桜の木を植えましたが、向島の長命寺門番、山本新六さんはこの桜の葉を使って作ったのが、長命寺の名前の由来です。それぞれにお寺の名前が絡んでいると言うのも面白いなぁ・・・sakura_01

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Posted by shin344 at 18:08│Comments(7)日記
この記事へのコメント
そうそう、私もお料理教室で作ったことがあるのですが
なんと関東風!
その当時あまり関西ではポピュラーでなく、
「こんなん桜餅ちゃうわ!」って思いながら作ったものです・・・。^^;

同じく東西対決で、「おしるこ」と「ぜんざい」の違いを最近しりました。
関西では、つぶあんでつくるとぜんざい、さらしあんで作るのをおしることいいますが、関東では汁のあるなしなんですね・・・。う~ん、やっぱ納得いかない・・^^; 
Posted by 蓮花* at 2008年03月03日 19:09
☆蓮花さん。関西では関東の桜餅を「桜餅」とは言わずに「長命寺餅」と称しているそうですが、ずっと関東で生まれ育った私は、関西の桜餅はやっぱり「道明寺(餅)」と呼んで似ていて非なるものとして捉えていましたよ・・・因みに関西(滋賀)出身の母は、道明寺の方が大好きでした。

「おしるこ」と「ぜんざい」の区別、そうなんですか?まさに「知るを楽しむ」を実感実感しました。私は「ぜんざい」って「おしるこ」と全く同じだと思っていました。おしるこをちょっと洒落た言い方をすると「ぜんざい」なのかなと・・・私が子どもの頃から関東で食べたのは全て「おしるこ・・・お汁粉」で、コシアン(サラシアン・・晒し餡と言うんですか?)でもツブアンでも、その餡を溶かした汁に、団子粉で作った白玉やら、お餅やらが入っているのが「お汁粉」でした。関東と関西、ほんの少しの距離でしかありませんが、色々なことの違いってありますねー。
Posted by scemo3440 at 2008年03月03日 19:57
関西型を道明寺とはいうけど、関東型を長命寺などとは呼ばないですね。
「桜餅」はもともと江戸元祖の菓子だから関東型は生まれた当時からただ「桜餅」です。
江戸伝来の桜餅を道明寺粉餅でアレンジした関西ぼた餅風はあくまで類似品なので「道明寺(桜餅)」
和菓子業界でも昔からちゃんと区分してますよ。
http://www.wagashi.or.jp/calender.htm
http://www.wagashi.or.jp/origin.htm
Posted by はいそ at 2008年03月18日 11:21
☆はいそさん。貴重な情報誠にありがとうございました。私は何でも知ることが大好きで、たとえ桜餅ひとつでも、各地にあるんではないか、似て非なるものも各地にと思っていました・・・例えば上に書きましたが、母が「やっぱり桜餅はこれ」と言いつつ道明寺を食べていたので、母はやっぱり関西出身だなぁと思って感心しただけです。
関東にずっと住んでいる私はおっしゃるとおり「長命寺餅」とは言わず「桜餅」なんですが、道明寺粉から作られた関西の「道明寺」に対応する「長命寺」で別に良いんではないかと思います。語呂も寺つながりで大変気に入ってますし・・・残念ながら、私には名前の由来や歴史は大好きですが、こだわる心はありませんので、長命寺であれ道明寺であれ、美味しい食べ物が手に(口に?)入れば幸せなだけですよ・・・
Posted by scemo3440scemo3440 at 2008年03月18日 18:24
京都は「嵐山桜餅」の鶴屋壽 に 以下の記述がありました。

謎は、深まるばかりでしょうか?



しかし博物学者・南方熊楠(みなかたくまぐす)によれば、桜餅はすでに天和3年(1683)、京都に存在するようです。大田南畝(おおたなんぽ)の随筆『一話一言』(一)に登場する京御菓子司「桔梗屋」の河内大掾が菓子目録「御菓子品々」の中に“さくら糖”、菓子目録「御茶菓子丸蒸物類」の中に“さくらもち”を載せたといいます。「桔梗屋」とは京の都と伏見をつなぐ本町街道沿いに位置する菓子屋で、当時この街道には伏見稲荷の参拝者を目当てとした数多くの茶店や菓子屋が軒を並べていました。明暦3年(1657)に起こった振袖火事のころから京菓子司の江戸進出が始まり、桔梗屋も桜餅とともにそれに追随したとおもわれます。

もし南方の言う桜餅が江戸で始まったものと一致するならば、桜餅の発祥は「京都」ということになるでしょう。

Posted by Kichiji, Nakatani at 2009年12月26日 23:16
遅レスですが、謎はまったく深まりませんね。

季節をアレンジすることの多い和菓子の世界で、桜餅以前に「さくら」を冠した菓子があることはおかしくありません。
名の出た「桔梗屋」の「さくらもち」は、時代考証から、専門家の間では蒸し菓子と推測されています。

この桜餅京都発祥節は南方熊楠の研究から
「1683年桔梗屋がさくらもちという名の菓子を作った」ということを説明したほかは
①桔梗屋の「さくらもち」なる菓子が、もしかしたら現在の桜餅の原型かもしれない、
②京菓子の老舗が江戸に進出した例があるから、もしかしたら桔梗屋も江戸に移ったかもしれない
③江戸で山本に桜餅の製法を伝授したのは「桔梗屋」かもしれない
という推論の積み重ねに拠っています。
「かもしれない」の連続で、結論は根拠のない想像の産物なのです。
いずれにせよ
「京都の桔梗屋が教えたさくらもちが、なんでクレープ型になるんだ?」というつっこみが入りそうな珍説ですwww
Posted by はいそ at 2011年09月21日 11:54
遅レスですが、謎はまったく深まりませんね。

季節をアレンジすることの多い和菓子の世界で、桜餅以前に「さくら」を冠した菓子があることはおかしくありません。
名の出た「桔梗屋」の「さくらもち」は、時代考証から、専門家の間では蒸し菓子と推測されています。

この桜餅京都発祥節は南方熊楠の研究から
「1683年桔梗屋がさくらもちという名の菓子を作った」ということを説明したほかは
①桔梗屋の「さくらもち」なる菓子が、もしかしたら現在の桜餅の原型かもしれない、
②京菓子の老舗が江戸に進出した例があるから、もしかしたら桔梗屋も江戸に移ったかもしれない
③江戸で山本に桜餅の製法を伝授したのは「桔梗屋」かもしれない
という推論の積み重ねに拠っています。
「かもしれない」の連続で、結論は根拠のない想像の産物なのです。
いずれにせよ
「京都の桔梗屋が教えたさくらもちが、なんでクレープ型になるんだ?」というつっこみが入りそうな珍説ですwww
Posted by はいそ at 2011年09月21日 11:54
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