2012年03月31日

伯母から元気貰いました・・・

多分96歳の伯母を訪ねて、やっと借金生活が終えられた事の報告とお礼をしました。伯母はこの頃、ほとんど寝るだけの一日を送っているというメールを貰ったので、本来借金の終わった年末年始に訪問したかったのですが、万が一にもインフルエンザウイルスを持参する事がないようにと今日になってしまいました・・・

伯母は寝たきりなんて事はなくて、寝るほうが楽なので無理して起きていない事にしたという・・・自然の変化に逆らうことなく生きて居る事にしているようでした・・・

私の次の仕事も、「あなたの歳位から、本当の意味で福祉の仕事が出来るのではないかしら」・・・うーん!!深い!!・・・この歳ではもう仕事が無いなんて半分は思っていましたし、こうなったら、コンビニ店員でも清掃でも何が何でもってヤケクソ(食事中の方はゴメン)にもなっていましたので、少し元気になって来ました・・・借金をやっと整理できたのも伯母の助けがあっての事ですが、「あなた達は、マイナスから立ち直ったのね」の一言・・・

貯金も何もない、老後はどうするの?って今現在の私にとって、もう何も言えない私でした・・・

枝豆豆腐です・・・今、私がはまっています・・・  


Posted by shin344 at 19:56Comments(1)日記

2012年03月24日

ただいま求職中・・・

今年で私も65歳…所属する法人規定で8月に定年退職します…その後は、退職金と年金で悠々自適の生活?…ってそんな訳けないでしょう!!!face09

この画像は、James Favre-Brandt氏の子孫から頂いた、在住のサンフランシスコの夕日です…綺麗ですね…


先ほどの話の続きですが、退職にあたって、次の仕事にチャレンジしています。でも、特別な資格もない私に出来る仕事なんて、そうそうありませんよ。当たり前の話しです…今は社会福祉施設の運営管理をしていますが、そういう仕事はもう真っ平御免icon09当事者と直接渡り合うような仕事…一支援員時代にはそれが結構楽しかったのですが…まぁ、運営管理なんて下から突き上げられ上から押付けられで、本当につまらないって思いながら、ん十年…やっと開放されるのを機会に、当事者のグループホームの支援とか、生活支援とかできるといいなぁなんて考えています…

どなたか私にそんな仕事を下さい、何て言いつつ、社会福祉協議会の人材登録したり、ネットで調べたり自助努力もしっかりしていますよ…  


Posted by shin344 at 17:46Comments(0)日記

2012年03月24日

3月11日・・・

忌まわしいあの日から、一年が過ぎてしまいました。老妻の実家がある浪江町の一族郎党が散り散りになってしまい、3百年も守り続けた実家も荒廃し、もしも帰ることが出来たとしても、全て建て直さない限り住めない状態になってしまいました。それにしても、全てを失い着の身着のままで避難生活をしている人々の心の強さには感服しますが、何時壊れてしまうか、本当に心配です…

これは、以前の再掲ですが、グーグルアースから見る浪江町の老妻の実家です。2011年3月17日の様子ですが一年経った今はもっと深い緑か、もっと荒れ果てた感じになっているのでしょうか…またはこの衛星写真からは分からない変化があるのかも知れませんが、一時帰宅の実家の人々に様子を聞くしかありません・・・

何時また、この豊かな地に彼らが戻れるのか、何ともひどい話しですね…祈るしか私には出来ないのがもどかしい…
  


Posted by shin344 at 17:21Comments(0)日記

2012年03月09日

現れた年金・・・

今日は年金事務所に行って、年金の試算をお願いしました・・・3年前にもこの年金調べをして貰いましたが、丁度、年金の記録が消えたと大騒ぎだった事と重なって、年金事務所は、大入満員で一時間半待ちでたった10分位の説明でしかも、早口で納得する間もなく「あっface08!」と言う間に終わってしまいましたっけ・・・納得しない事に納得しない私は、近所の社会保険士事務所へアクセスしてみましたが、一回の相談で何と3万円もかかるって聞いて、それだけ払うならもっと有効なお金の使い方もあろうかと止めました・・・

今日もきっとその段で、適当に扱われないように納得するまで喰い付こうと覚悟を決めて来た訳ですが、私の他に2~3人の人が居るだけ、到着するやいなや受付で、「ご用件は?」と聞かれ渡された申し込みの用紙に名前を書き込む時間すらなく、「6番窓口へどうぞ」とその対応の早い事・・・


結果、自分では記憶にありませんが、23歳の頃、一年間「ぷー太郎」をしていましたけれど、そんな時にも何故か、国民年金に入っていたのですね(その頃はまだ国民皆年金の時代ではなかったし)・・・年金事務所も知らん振りをすれば、絶対に当の本人が忘れているので、消えてしまっても不思議ではないのですが、消えた年金記録で散々叩かれた事務所の体質が少し変わったのかなー・・・


ちゃらんぽらんに生きて来たと思っていたこの私・・・けっこう生真面目に生活していたんだなぁーと思います。そんな私にご褒美と、現れた年金への感謝をこめて、帰りに、あざみ野のスパゲッティ屋で、ミートソースを食べました・・・息子が居なくなってから、スパゲッティなどとんと食べなくなりました・・・ホント久し振りで美味しかった・・・  


Posted by shin344 at 17:07Comments(0)日記

2012年03月03日

k果樹園・・・

前に掲載しました「K果樹園」・・・3.11の震災前までは、福島県大熊町で美味しい梨を作り続けた果樹園ですが、今は立ち入り禁止区域になってしまい、結局福島県須賀川市に避難したままです・・・私の親戚一同同様の難民生活を強いられているんですね・・・

このK果樹園に梨を注文すると、箱の中に、このドングリで出来たトトロのようなものが同封されていました。本来ならば、このKさん、梨園の手入れに忙しい毎日のはずなんですが、「有閑」の一文字、何だか悲しいやら、複雑な気持ちが伝わって来ます・・・


ちなみに、浪江町の老妻の実家は最後の一時帰宅が終わったそうです・・・もう帰れないって事、お墓は倒れたまま、庭は野生化した牛の糞だらけ、瓦の落ちた屋根からの漏水でたとえ帰れたとしても、住める状態ではないそうです・・・姉の憔悴し切った声・・・  


Posted by shin344 at 10:29Comments(0)日記