2007年02月25日

リフォームの話しの続きですが・・・

一部屋だけリフォーム業者を自認する法人の職員による指導でリフォームを終えた上で、計画を立てましたが、机の上での計算ではしっかり2ヶ月はかかります・・・全ての職員が自らの家庭生活を投げ打った上、日々の業務も利用者さんに不便な生活を強いれば、3月一杯で終らせることは可能かも知れませんが、職員は当然職場を離れたら、守るべき家庭を持っている訳ですからそれを強要する訳には行きません。それで、かなりのジレンマに苦しんでいますface07私があまりしゃしゃり出ると、職員も見てはいられずに、私にお付き合いをする事になりますし、それで、自分の家庭をおろそかにして貰いたくはないですし、残業手当など望める職場ではないですし、本当に悩ましい限りです。年度末の忙しいのも重なりますから、いっそ冬眠してしまいたい気分ですよ・・・ハハ!今日は愚痴ばっかりですねーーface12
今日の肴は、牡蠣とホウレンソウのグラタンです。
しばらく冬眠しても、そんな訳ですから心配しないで下さいませ♪  


Posted by shin344 at 19:59Comments(2)日記

2007年02月24日

リフォーム大計画・・・

職場で利用者の部屋をリフォームする計画を立てました。全部で20室ありますが、当初はタバコのヤニで茶色になった壁を塗って禁煙にする予定でした・・・防災上の観点からも一日も早い禁煙が目的でしたが何だか話しが大袈裟になり、結局、2ヶ月位の大事業になりそうです。しかも、職員でプロ級の仕事をしようと、工務店の指導の下で行う訳ですから・・・しかし、職場を預かる身としては、何とか来年度4月までには元の状態に戻したいと言うのが本音です。こういう状態になると、何時も悲観的にものごとを考えがちですが、私は何と言うかお気楽な性格で、やって見なければ分からない事っていくらでもあるし、やるだけやって、ダメなら違う方法を考えたらいいじゃん・・・と言う考えですから、職員さんの足を引っ張らないように、是非とも3月一杯で済ませたいとは思っています。私だけの決意です・・・face02

今日の肴はローストビーフのサラダとレバニラ炒め、そして、カリウムタップリの金柑です・・・  


Posted by shin344 at 20:06Comments(4)日記

2007年02月24日

河井継之助とファブル・ブラントと長岡戦争と・・・8

河井継之助は長岡藩では保守的な官僚からは嫌われる存在、いわゆる先見の明があり、古い壁を破って藩主にずけずけと物を言う人でした。藩主、牧野忠恭も事の外河井の先見の明を愛したようです。牧野忠恭が文久2年(1862)に京都所司代に任命された時も、猛烈に反対して、翌1863年には河井の建言で京都所司代を辞任させております。ちょうどその時期、京都守護職に任命された会津藩主、松平容保ですが、その後の会津藩が味わった過酷な運命を、長岡藩も味わうという先見の明があったからこそ、このような建言が出来たものと思われます。

画像は河井継之助が生涯の師とした岡山の「山田方谷」です。山田方谷は農民出身ですが、その学識をもって、備中松山藩の藩政指導者になり、松山藩の逼迫した財政を立て直した学者です。河井継之助は安政6年(1859)に江戸の古賀塾からこの山田方谷の元へ学びに行っています。後の長岡藩の内政改革には、常に山田方谷の思想が感じられます。

山田の思想は一言では語れませんが、武士が原点に戻る「屯田兵」のすすめかと思います。武士は本来戦闘のない時は農民として生産していましたが、この頃の武士は生産をしませんでした。この事は、藩の財政を逼迫し逆に商人を富ませるようになるだけでしたので、原点に帰って、武士も生産すべきだと言うのがその理屈です。

どうも大変退屈なお話しばかりですみませんが、次には河井継之助とファブル・ブラントの出会いが果たしてあったのかなかったのか、どんな形で出会ったのかなどを考察して見たいと思います。  


Posted by shin344 at 18:31Comments(0)歴史

2007年02月23日

はまなっとう・・・

漢字で書きますと、「浜納豆」となります。この「浜納豆」は600年の昔、浜松の近く蜜柑で有名な三ヶ日町大福寺の僧が考案したソウです。山椒の皮の辛味と醤油の旨みがぎっしり詰まったとても日持ちがして美味しい・・・何よりも、酒のつまみにピッタリと言う殺し文句に、あっけなく殺されてしまいました。ただし、かなりしょっぱいので、気を付けないと・・・何でも「浜名納豆」が何時の頃か「はまなっとう」になったそうです。

right_01このウサギの○○のようなのが、その浜納豆です。ところで、3日間の会議は二つの会議のハシゴでしたから、それぞれに打ち上げの宴会がありましたよ。二回共お付き合いしましたが、それにしても、あの宴会料理のゴテゴテした事、その上飲みますから、もう、地獄の責め苦でしたねー・・・食べたくても食べる事が出来ない人には申し訳けないのですが、ウンザリで、写真を撮る気にもなれませんでしたface10今日の肴が思いっ切り質素?なのは、その反動です・・・ハイ  


Posted by shin344 at 19:39Comments(6)グルメ

2007年02月23日

オルガン坂・・・・

先ほど出張から戻りましたが、2泊3日の会議なんて私にとっては、大変に珍しい事です。観光旅行でしたら一週間でも一ヶ月でもいいんですが・・・ところで、行った場所は浜松なのですが、前に関西と言いました。何で浜松が関西なんだとお叱りを受けるかも知れませんが、私の意識では、「丹那トンネル」を抜けると、すでに別世界の関西(関東より西って事でicon10)と思っています。関西に誇りを持たれている人ゴメンなさいface16

新幹線の窓から撮りましたが、あらためて「富士山は特別な山だ」と実感しましたよtrain_i03



泊まったホテルのロビーに飾ってありました「雛人形」です。女のお子さんは、こうして健やかな成長を祝って貰えるんですね。こんな大掛かりな雛人形でなくて、折り紙でも、手作り陶器でも、祝ってもらえる女のお子さんの一生の思い出でしょうね・・・face02




「オルガン坂」と言う坂を見つけました。何でオルガン坂と言うのか、由来のようなものがないかとあちこち探しましたが、見当たりませんでしたので、携帯で検索しましたら、「昔、この坂あたりでオルガンを製造していたのでオルガン坂」だそうです。浜松と言うと、日本のピアノメーカーK楽器とY楽器が有名ですが、なんだかいかにも浜松らしい地名ですねー・・・ところが更に調べて行きますと、由来は分からないものの東京渋谷にも「オルガン坂」なるものがあるそうですよ・・・♪  


Posted by shin344 at 18:48Comments(3)日記

2007年02月18日

カバンから異臭が・・・

今朝のこと、昨日三渓園に持って行った肩掛けカバンを開けましたら、生石灰のような異臭がしましたよ。あっちゃー!!三渓園の帰りに中華街に寄って、ピータンを5個250円で購入したのを忘れていました。

ピータンは何時の頃食べ始めたのか記憶にはありませんが、確か両親は嫌いでしたので、昔、グルメの恩師と中華街を食べ歩いた時に食べてはまったのかなー。

今日はそのピータン2個分(大盤振る舞い)と、鶏肉のカシューナッツ炒めです。

明日から会議会議で、21日からは関西の方で二つの会議で2泊3日・・・ああ!面倒臭せーー!・・家で焼酎飲んでいるのが一番なんですけれど・・・って愚痴っても仕方がないですよねーーicon10  


Posted by shin344 at 18:58Comments(12)日記

2007年02月18日

河井継之助とファブル・ブラントと長岡戦争と・・・7

(河井継之助1)
この画像は再掲ですが、河井継之助の性格を良く表しているように思えます。我がままで、我が強く、反対意見はバッサリ切り捨てる、頭は良くても紙一重のところもあるような、とっつきの悪い感じがしますが、その通りかも知れません。河井継之助を語るについては、彼とことごとく、藩政についての言論を異にして、長岡戦争の頃は謹慎していた「小林虎三郎」について語りたいと思います。

小林虎三郎は長岡戦争が終結し、河井継之助も戦死した後の長岡で、一転して中心人物に据えられた人です。河井継之助が生涯の師を、岡山の陽明学者「山田方谷」としたのに対し小林は開明派の「佐久間象山」でした。この小林虎三郎の為政について、作家山本有三が「米百俵」と言う戯曲にしていますが、小泉前首相の好きな言葉でしたね「米百表」・・・

「米百俵」の話しは、長岡敗戦により、長岡の人々の困窮は筆舌に尽くしがたい事になりました。この時、これを救うべく、三根山藩が、「米百俵」を贈りました。その米を長岡の人々は配分するように槍刀をもって小林虎三郎に迫りますが、小林は「この米を配分してしまったら、わずか一日分のものにしかならない。それよりも、この米を換金して教育や人材育成に使うべきだ」と説得した話しです。山本有三をして小林虎三郎にこう語らせております。「あの時(長岡戦争時)先の見えた人物がおりさえしたら、同胞はお互いに血を流さないで済んだのだ。町は焼かれはしなかったのだ。そして武士も町人もこんなに飢えに苦しむことはなかったのだ・・・中略・・・国が興るのも滅びるのも、町が栄えるのも、衰えるのもことごとく人(教育・人材育成)にある」。

「先の見えた人物」とは、河井継之助に向けられていることは確かです。もちろん、結果論ですから、長岡戦争で勝っていたとしたら河井継之助に対する歴史的評価もまた違ってくるんでしょうね・・・  


Posted by shin344 at 11:57Comments(2)歴史

2007年02月17日

眼鏡を作りました・・・

職場にパソコンが入って早10年あまりになりますが、職場に入ったからには、自分にも導入して、パソコンなどを、ゲーム感覚で扱うような若い職員に負けてはならじと頑張ったものです。その結果、多少は時流に負けない位の進歩はした積りですが、同時に目がダメになって来ましたねーー・・face04
今まで眼鏡など掛けなくても良かったのですが、最近は、手放せません。いえいえ、老眼ではないようですよ・・・細かい活字を読む時には眼鏡を外しませんとしょうがありませんし・・・今まで掛けていた眼鏡は大切にし過ぎて、レンズのコーティングが剥がれてしまいました。そこで今日は、前からチェックしていたお店・・・って、しっかり画像に写ってますね。宣伝するような縁がある訳でもないお店ですので忘れて下さい・・・で眼鏡を作りました。三渓園に行っている間に出来ちゃいましたよ。値段も気に入った金額だし・・・face02


朝食は、カツ丼を作りましたよ。何故って、昼食は抜く積りですから、朝はしっかり摂って、昼の空腹を少しは紛らわそうと言う魂胆です・・・うう!マイウー!face02


そして、夕食・・・今日は、晩酌は夜にして、普通に食事・・・カレーライスを頂きましたよ。横の怪しげなものは、納豆のグラタンです。もちろん、私のオリジナルですがヒントはチーズナットウトーストです・・・うう!不思議な味!!face02  


Posted by shin344 at 21:17Comments(8)日記

2007年02月17日

三渓園の梅・・・

朝からどんよりとした日でした。今日は三渓園に梅見をしようと計画していましたが、雨が降り出す前にと午前中から出かけました。





三渓園と言いますと、このアングルが大変に有名です。小舟の上に「鵜」がちんまりと乗っていますが、これはどうやら、つながれて「やらせ」を演じているようですよ。あまり嫌味のない演出ですからまあ、良いとしましょうか・・・sakura_01





私は紅梅も好きなんですが、ここ三渓園は大変に白梅が多いようです。梅の香りが、園内に満ち溢れていましたよ・・・・sakura_01





この香りが届くと良いんですけれどねーsakura_01





紅梅もチラホラとあることはありますが、絶対量は少ないです。逆に紅梅ばかりで、白梅が少ない三渓園を想像しますと、バックの古建築などが、映えないように思えますけれど・・・・sakura_01





このような雰囲気はやっぱり、白梅に「軍」が上がるのではないのでしょうか?・・・sakura_01





そして梅以外にも・・・  続きを読む


Posted by shin344 at 18:28Comments(4)日記

2007年02月16日

退屈な退屈な会議でした・・・

気持ちが全然乗らないのも手伝って、自分の主張したい事を、プレゼンするのも今日はダメでしたよ。「立て板に水」のはずでしたが、「洗濯板にとろろ」のような歯切れの悪いものに終わってしまいましたーーicon10

でも、会議の前に周辺を散策しましたら、こんな良いもの見つけてしまいました。前にバックさんの日記で見た事があったと思いますが、こんなところにあったのかーーface03場所は「情報文化センター」の中庭です。何でも外国人居留区跡で発掘された日本最古の下水管だそうです。昔のものは、下水管とは言え趣がありますねーーface03


そして、隣りには、花咲町のガス会社跡から発掘された日本最初のガス管も展示されていましたよ。これも「バックさんの日記」に紹介されていました。バックさんて、本当に横浜に詳しいのでびっくりしてしまいます・・・face03と、本業の会議よりも、むしろ余禄のこういう物の方に感動しているダメオヤジの私であります・・・再びicon10
今日もお昼を抜きましたが、会議中にお腹が鳴きはじめましたので、直ぐに買い置きの「ソイジョイ」なる携帯食料のスティクを食べましたら、納まりましたよ・・・会議に熱が入らなかったのは食事を抜いたせいかなー・・・再びicon10
肴は、お刺身とお寿司&牡蠣フライ2個・・・お寿司の横の赤い物はニンジンのぬか漬けです・・・ぬか漬けは段々と味が落ち着いて来て、母親のぬか漬けに近づいて来ました感じがします・・・face03  


Posted by shin344 at 19:26Comments(8)日記

2007年02月15日

映画鑑賞の日でした・・・

・・・付き添いですから、別に何の映画でも良いよと、言ったのはいいんです・・・今回当たったのは、「野田版・ねずみ小僧」でした・・・が!・・・ふ・ざ・け・る・な!と言うのが、正直な感想でした。そうそうたる歌舞伎役者達が歌舞伎の舞台でねずみ小僧のパロディーを演じているだけのもの、その歌舞伎の舞台を観客として観ている人は、役者と空気を共有していますから、多少は面白いかも知れませんが、その舞台を映像で見せられてもねー!こんなつまらない観客をなめ切った映画を観たのは生まれて初めてかも・・・・face07

今日出勤の時に見た日の出です。昨夜までの春一番がうそのように晴れました。


やはり、出勤の途中で見つけた椿ですが、まるでピンクのバラの花を思わせるような素敵な雰囲気でしたよ・・・face05


今日の昼もあえて抜きました。完全絶食ではなくて、今朝、コンビニで粉のコーヒーを買い、職場に備え付けのエスプレッソでコーヒーを淹れて、昨日頂いたチョコレートを一片・・・昼はあまり空腹を感じませんから、これで丁度良いみたいです。晩酌の友はピザ一切れと豚の格好をした(見えるのは尻尾です)肉アンのパンと、キューリの漬物です・・・face13  


Posted by shin344 at 19:39Comments(6)日記

2007年02月14日

今日の気候の落差はすごい・・・

ただ今、連続31時間勤務から戻りました~~icon10


今朝はこんなに見事?な月が見えましたが、それから2~3時間で、見る見る黒雲が広がり雨でした。そして、夕方近くには強風が吹き、大騒ぎ、今日は「春一番」だそうです。こちら横浜で、初雪が降らないうちの春一番は明治以来初めてだそうです。暖冬、地球温暖化を肌身で感じます。この月見えますかー!あまりにも寂しい(デジカメの限界でした)ので思いっ切り文字入れをしてしまいましたicon09


今日の肴はラマダン明けのご馳走ではありませんが、2食は抜いていますから、ちょっと?補う意味で、気合を入れてます。キャベツの葉っぱは、キャベツのぬか漬けです。それと酢豚とお寿司です。キャベツのぬか漬けはぬかの塩味とキャベツの甘味が丁度良い加減です。これを良い塩梅と言うんでしょうね。もう一品は、冷凍の甘エビシューマイですface02  


Posted by shin344 at 19:04Comments(7)日記

2007年02月12日

横浜橋商店街・・・

横浜橋商店街には大分お世話になっております。6年程前に、この商店街から程近い職場に10ヶ月間単身赴任した事がありますが、この商店街での買い物が楽しみでした。


落語家、桂 歌丸さんが少年時代に闊歩した笑点(?)街でもあります。今日はキムチを買いに訪れました。キムチの店は3~4軒あるのですが、今日は、チェ・ジウさんにちょっと似たスラッとした店員のいるお店でした。


商店街を堪能して一歩外に出て、良い天気の空をふと、見上げましたら、綿のような雲が一つ、浮いていました。とたんに五感を刺激されましたので、すぐさま、伊勢佐木町の「みのや本店」で大福を購入しました。



えっ?五感を刺激されたって、単に食い意地が張っていただけ?・・・確かにface06これは草大福です・・・face05


今日の肴は、その横浜橋商店街での白菜キムチです。まだ、それ程、練れてはいませんが、なんで、スーパーで売っているものと違うんだろうと思うほど、味の開きを感じます。そして、シューマイ、これは冷凍ものです。  


Posted by shin344 at 19:25Comments(8)日記

2007年02月11日

私立中学受験ですね・・・

ニュースで知りました。私立中学を受験した小学生が大変多いようですが、理由は公立学校に対する不信が大いにあるようです。実は私の息子も、平成7年に千葉県のとある全寮制の中学に入れてます。
                              ここ→
これは、息子自慢でも何でもないのです。理由は、公立小学校の頃に、私に似て変わり者だった息子を見舞ったのはお定まりのイジメでした。そして子どもを守るべき教師達の対応は実に寒いものでした。この頃になって、やっと学校や教師の対応の悪さが社会問題になっていますが、その頃はひたすら問題化しないように躍起になっていましたよ。

私の父親も公立中学の教師でしたから、何か公立学校の構図に絶望を覚えましたので、私の持っている経済力では望むべくもない私立中学へ(しかも、全寮制)、それこそ、清水の舞台から飛び降りる積りで、進学させました。でも、今から考えると、息子は私なんかよりずっと強い人間ですが、あのまま公立中学に進学していたら、きっと何処かで、潰される事もあるかも知れないと考えたのは正解だったと思っています。何時だったか、息子が「俺はあの学校へ行けて良かった~!」とつぶやいてくれた時には本当に苦労の甲斐があったと思いましたよface02



今日の肴は納豆です・・・何だか山盛りですごい量のようですが、中に豆腐が隠れているんですよ。「なっとうふ」なんです。納豆に混ざっているのは、カブのヌカ漬けです・・・古漬けになりそうですから、刻んで混ぜてしまいました。そして味付けシナチクです・・・face02  


Posted by shin344 at 19:30Comments(4)日記

2007年02月10日

苺狩りの一日・・・

今日は、利用者さんと「苺狩り」に出かけました。苺農園の人にはあらかじめ、糖度などを尋ねてありましたが、18度~20度と言う甘さですが、それは商業用の宣伝かも、と半分は疑ってかかりました。

しかし、実際に農園のハウスで苺狩りを始めましたが、な、なんと、その甘いこと、「シンジラレナ~~イ!!」


おお、この甘さこそ「一期(いちご)一会」フォレストガンプやー!!とダジャレを飛ばしましたが、分かってくれて寒そうにしていた人は居ませんでしたけれど・・・face07


苺の花って、あまりしみじみと見たことはありませんが、良く良くながめますと、何とも可愛いものですね~♪


実は、その後は、金沢動物園で童心に帰ってもらおうと企画しましたが、肝腎の動物さん達は、寒いせいか・・・今日はそれでもけっこう暖かいと思いましたけれど・・・ジッと動かなかったり、部屋に篭っていたりで、あまり見られませんでしたよ。後姿は全て利用者さん達、思いっ切り怪しいオッサンたち・・・face07


動物が不活発の代わりに、花が見事でしたよ。探していた紅梅を見つけました。これで紅白の梅を愛でることが出来ましたので、ほぼ満足しています。


今日の肴は、マヨネーズメーカーのCMを真似て、ブロッコリーと鱈のグラタンと、冷凍の枝豆です。昼食を断食する計画は、苺をたらふくと、皆でレストランの食事をしっかり摂りましたから、ちょっと中断ですface07  


Posted by shin344 at 20:01Comments(11)日記

2007年02月09日

宝生寺境内にて・・・

横浜市南区の小さな古刹「宝生寺」です。先日記事でアップしました「堀割川」の項で切り割られた中村の丘は「宝生寺横弥八が谷戸」と記載があります上、寺の古文書で初めて「横浜村」の名称が世に現れたと言う由緒あるお寺ですが、そんな由緒の割には、荘厳やら、とっつき難いやらの雰囲気は一切ありません。



職場の近くですから、明るい内に帰れる時は大体寄ります。小さな小さなお寺ですが、心に嫌なものを背負って訪れると一瞬にして癒される気持ちですよ・・・画像は、水仙の花です。



梅の花が何処でも満開状態ですが、どういう訳か、白梅が圧倒的に多いようです。どちらかと言いますと紅梅より白梅の方が好きですが、赤白の梅の花が揃うとまた更に良い雰囲気ですから、紅梅を探しましたが、時期的に白梅の方が先に咲くように思えました。


今日の肴です。ギンダラの煮付けとカキグラタン(市販品)です。ところで年齢的に、それ程食べなくても良いかなぁと言う思いと、ちょっと太目の職員が昼食抜きの健康管理メニューに突入したことを聞いて、私も一日二食にしようかなーと考えて居ります。夕食を抜けば一番効果的なのは分かりますが、晩酌(夕食)を欠かす事はまず無理ですから昼食を抜けば、良いのかなと、今計画中です。ご意見を伺えれば幸いです・・・  


Posted by shin344 at 19:19Comments(8)日記

2007年02月09日

河井継之助とファブル・ブラントと長岡戦争と・・・6

(ファブル・ブラント商会2)
ファブル・ブラントは後の明治高官との友好関係を商業化する人物ではなかったと言われておりますが、私は、長岡藩や薩摩藩双方に武器の仲介をした、言わば「死の商人」の顔を感じます。その事に対する良心の呵責があったのかなかったのかは分かりませんが、ファブル・ブラント商会がその後も規模は大きくともあくまでも個人的な企業で終わったのも感じるところはあります。ファブル・ブラントは横浜の外国人射撃クラブの会長になると、日本人も入会できるように努めました。彼の裏庭の射撃場には、閑院宮、大山巌等が頻繁に訪れたと言います。特に西郷隆盛との親交は深かったと言います。西郷隆盛が征韓論に破れて鹿児島へ帰る(野に下る)前、西郷はファブル・ブラントを横浜に訪ねました。二人は何も語らなかったといいますが、後に西南戦争で子息、菊次郎が負傷すると、一時ファブル・ブラントに匿われ、そしてアメリカへ留学するが、これもファブルの後援でした。菊次郎は後に京都市長になりました。

文明開化の時代、ファブル・ブラント商会は時計輸入で盛況を極めました。明治年間に大流行の時計ですが、掛け時計、置時計はアメリカが優位、懐中時計は圧倒的にスイスが優位でした。ファブル・ブラントの時計には全て画像上の銘が入っていました。また、現開港記念開館の地に横浜町会所が建設されましたが、その時計台にはファブル・ブラント自身が塔に昇り指示したと言います。また工業技師としてのファブル・ブラントは富士山にて測量して、気象台創立以前の気象予報は彼の観測がもとになっていると言われます。このような日本への限りない貢献に幾度か叙勲の話もありましたが、その都度彼は断ったそうです。

日露戦争後の軍備はすでに一商社の出る幕ではなく、武器工場代理はもはや無用の長物となっていました。ファブル・ブラントは居留地の長老として敬愛を受け、日本人の友人を多く持ち、晩年は安穏だったはずです。また、彼の最大の天啓は第二の故郷として青春をささげて苦楽を共にした「横浜」が関東大震災で壊滅する事を見ることなく震災24日前に逝ったことでしょうか・・・この震災で壊滅したファブル・ブラント商会は再び起こることもなく、跡地も政府に買収されて、現在はNTTビルになっています。次は河井継之助を取り上げたいと思いますが、余裕のある方には司馬遼太郎作「峠」を読まれることをお勧めします。  


Posted by shin344 at 17:43Comments(2)歴史

2007年02月07日

椿3題・・・

通勤途中に、見事な椿の花が咲く場所があります・・・ほんの一日遅れで、花びらが劣化したりで完璧に良いという椿はそれ程多くありませんが3枚ばかり撮り貯めました。


白い花弁に赤い斑入りってすごーくお洒落な花です・・



そして、最もオーソドックスな椿です。



バラの花もかくやというような見事な花弁の椿です  


Posted by shin344 at 20:30Comments(6)日記

2007年02月07日

ホームレス排除・・・

大阪でのホームレス排除のニュースをみましたが、不思議に感じたのは「ホームレス支援者」と称する人間の存在です。ホームレス支援と言うと聞こえは良いですが、ホームレスがホームレスであり続ける事を支援するんでしょうか?それともホームレスが公園に居座る事を支援するんでしょうか?・・・ホームレスの自立支援事業なるものが、行政の肝いりで行われていますが、障害や病気、高齢でホームレスを余儀なくされてかつ、ホームレスから脱却したいと願っている人であるならば、それは救うべき役割を国は持っています。しかし、多くのホームレスは、家賃ゼロ、税金ゼロ、勤労意欲ゼロの何とも大変気楽な生活を選び享受していますから、それを無理やり自立支援センターに入れたり、何を支援されるのかは分かりませんが、支援者なる人間に支援されたりはホームレスにとっては「大きなお世話」だと思うんですけれどねーface06


画像上は今朝出勤の時に見た「真っ赤に燃えた太陽」です。今日もいい事ありそうな予感がしましたが大した良い事はなかったなーface04

そして今日の肴はカボチャと挽肉の煮物とエビシューマイ(冷凍)ですface02  


Posted by shin344 at 19:15Comments(8)日記

2007年02月06日

珍しく・・・

本日は休めましたので、今日こそタクアン漬けの最終工程を仕上げましょうと思いましたら、息子の母親が、息子のところ(北海道)に荷物を送るので、買出しに付き合って欲しいという事なので、本当に久し振りに連れ立って町に出かけましたよ。

今日はまた、ポカポカ陽気なので梅もすっかり満開で、とてもいい香りがしていました。このまま春に突入すると、燃料費は安くて助かりますが、冬の寒さを当て込んだ商売の人は弱ってしまうでしょうね。榛名湖のワカサギ釣りが氷結しないので中止だとか、息子のいる札幌でも雪祭りの雪像が溶け始めているとか困っているんでしょうねー
買い物の前に、丁度お昼でしたから、バーミアンで昼食、私はチャーハンのランチセット、老妻は五目焼ソバでした。バーミアンて、あまり美味しくないなどと言う口の驕った人もいますが、この前食べた外れのチャンポンなどに比べたら遥かに美味しいし安いし、庶民的なものが大好きな私にとっては文句なしのご馳走ですけれどねー・・・noodle_01
息子のところに送る荷物を買い揃えましたが、なにしろ、料理なんてしている暇さえないとの事ですから、直ぐに食べられる食品とか、お米とか、色々と詰め込みました。息子の嫌がる顔を思い浮かべながらも、嬉々として、ダンボールに詰め込んでいくなんて事をするなんて、思いもよりませんが、老妻の実家の義母から、今でも、畑に転がっているような作物やら、仏前のお供えやらの暖かい荷物を、私もまた、息子に送っているなんて何かとても不思議な気がしますよ。

今日の肴は、大好きなアボガドとマグロのワサビ醤油和えと自家製カブのぬか漬けとデザートの苺です。苺、私は大好物ですが、10日に職場の行事で苺狩りをします。苺農園に聞きましたら、糖度18度から20度ですって!・・・楽しみです・・・face05  


Posted by shin344 at 19:43Comments(5)日記