2013年08月21日
フランソワ・ペルゴⅣ・・・
エドワルド・シュネルと言う人は幕末動乱の際、主に幕府軍に武器供与で活躍した、西のグラバー東のスネルと言われる「死の商人」として広く知られていますが、ほとんど彼については知られていませんから、謎の怪人とかプロシアの冒険家などと紹介されていますが、ペルゴ資料を読んでいますと、かなり出自もはっきりして来ます・・・
オランダのデンハーグ出身のエドワード・シュネルはペルゴとっても便利なガイドだったようです・・・オランダ語はもとより、フランス語、ドイツ語、日本語を話すことが出来たそうです・・・彼は1858年に来日して以来、ルドルフ・リンダウ(スイス政府通商関税局長=ジェームス達スイス修好使節団の露払い的役割りを果した?)に時計連合会の仕事に雇われていたようです。ペルゴと時計繋がりは充分あり、やがて、シュネル・ペルゴ商会と言う時計事業を設立しますが、当然当時不定時法の日本で時計が売れる訳はなく、ペルゴは炭酸飲料会社、シュネルは、武器商として分裂しました・・・
その後のシュネルの名前は、長岡戦争など奥羽列藩同盟の中に見受けられます・・・彼はヘンリーと言う兄と共に、大きく幕末動乱に身を投じる事になります・・・さて、ペルゴはその後どうなるのでしょうか?・・・画像は数少ないエドワード・シュネルです・・・

オランダのデンハーグ出身のエドワード・シュネルはペルゴとっても便利なガイドだったようです・・・オランダ語はもとより、フランス語、ドイツ語、日本語を話すことが出来たそうです・・・彼は1858年に来日して以来、ルドルフ・リンダウ(スイス政府通商関税局長=ジェームス達スイス修好使節団の露払い的役割りを果した?)に時計連合会の仕事に雇われていたようです。ペルゴと時計繋がりは充分あり、やがて、シュネル・ペルゴ商会と言う時計事業を設立しますが、当然当時不定時法の日本で時計が売れる訳はなく、ペルゴは炭酸飲料会社、シュネルは、武器商として分裂しました・・・
その後のシュネルの名前は、長岡戦争など奥羽列藩同盟の中に見受けられます・・・彼はヘンリーと言う兄と共に、大きく幕末動乱に身を投じる事になります・・・さて、ペルゴはその後どうなるのでしょうか?・・・画像は数少ないエドワード・シュネルです・・・
Posted by shin344 at 13:33│Comments(0)
│ファブル・ブラント商会・・・