2014年02月03日
ガルトネル事件・・・
ファブル・ブラントやフランソワ・ペルゴそしてスネルのことを書いて来ましたが、もう一人、ドイツ系商社、クニッフラー(横浜においてはイリス)商会の函館駐在員ガルトネル(ドイツ語読みでゲルトナー)のことを外す訳には行きません・・・当時ドイツ(プロイセン)の駐日大使はフォン・ブラントですが、スネルはその通訳官でした。ブラントはドイツの国策としての殖民及び農地開墾を日本において推し進めるためガルトネルに函館の地にそれを展開させるように画策して函館平野北部の一区画を農場として、租借し開墾をしました。七飯(なない)村から中山村の約300万坪です・・・
ガルトネルは、この租借地にブナを植え、ドイツから果物を持ち込み、酪農も行ったそうです・・・
しかし、その租借契約は、戊辰戦争において、幕府軍艦を率いて五稜郭を占拠した榎本武揚と交わしたもの、後に明治政府とガルトネルとの軋轢から、この開墾も事件となる訳です・・・この事件は1870年ガルトネルに明治政府が62500ドルを賠償金として支払い、その後政府に回収されました・・・ 七飯村ガルトネル農場事務所の写真です
北海道で起きたこの小さな(?)事件ですが、その後、北海道が酪農などが盛んになるきっかけとなった事件とも言われて居ります・・・そう言えば北海道と言えば酪農やハムソーセージのイメージが湧きますが・・・

ガルトネルは、この租借地にブナを植え、ドイツから果物を持ち込み、酪農も行ったそうです・・・
しかし、その租借契約は、戊辰戦争において、幕府軍艦を率いて五稜郭を占拠した榎本武揚と交わしたもの、後に明治政府とガルトネルとの軋轢から、この開墾も事件となる訳です・・・この事件は1870年ガルトネルに明治政府が62500ドルを賠償金として支払い、その後政府に回収されました・・・ 七飯村ガルトネル農場事務所の写真です
北海道で起きたこの小さな(?)事件ですが、その後、北海道が酪農などが盛んになるきっかけとなった事件とも言われて居ります・・・そう言えば北海道と言えば酪農やハムソーセージのイメージが湧きますが・・・
Posted by shin344 at 16:01│Comments(0)
│ファブル・ブラント商会・・・